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2014年9月

2014年9月26日 (金)

図書館の正しい使い方

大阪府立の高校のうち2割で、司書が配置されていないが為に図書館が開放できていない問題で、案の定「図書館なんて司書がいなくても先生達の工夫で開放すればいいじゃないか」「図書の管理なんて高校生がやればいいじゃないか」といった反応を示す人が多くいます。

そういった反応についてTwitterでねずみ王様氏が的確な意見を仰っていたので引用します。

RT @yeuxqui:

新しいこ……と言いかけて炎上するとヨクナイと思い口ごもる。なぜ人々は大卒の仕事、それがほとんど定義上、専門知識をベースにしたものだけにモノではなく、ソフトウェアであるような仕事を減らしてしまうのか。ヴォランティアにすれば、仕事のレベルを下げて、その知識を換金できなくすることだよ。

ちなみに学校内部でも、司書って、本の好きな国語の先生がやればいいんでしょ、と口に出してしまう人がいるレベル。

図書館は本を読むところではなく、勉強や、研究や、調査をするところです。

なぜ市民が図書館で勉強するのかといえば、それを権利として保障することが民主主義を実質的なものにするためには必要なことだからです。学校図書館は、図書館の資料と、司書という専門家の知識の利用の仕方を学ぶためにあるはずです。

社会がますます高度化し、知識ベースになってゆけば、商品はますますモノからサービスになってゆかねばなりません(たぶん初等教育で教わる社会学の基礎のひとつ)。それができないと再生産できなくて、いわゆるひとつの競争に負ける。実はこれが東京と大阪の目に見える最大の差ではないかしら。

2014年9月23日 (火)

橋下 司書をしょしと言い間違え

大阪府立高校において、学校図書館が解放できていないと報道あり

会見の中でじつに9回も「ししょ」を「しょし」と言い間違え。みっともない・・・。 内容にも問題あり、図書館の運営は高校生にやらせればいいといった発言をしているが司書の仕事をなめているとしか言いようがない。

2014年9月22日 (月)

雑感

スコットランド独立を求める住民投票は否決されたようですが、大阪市民としては明日は我が身。一体どのような未来が待ち構えているのでしょうか。

都構想に関する野党勉強会は、かねてより指摘されていた問題点を改めて浮き彫りにしています。

大阪市を廃止し、替わって特別区を設置するという現行の大阪都構想協定書案は、とどのつまり大阪市がバラバラになり大阪府に吸収されることを意味します。

大阪市に替わって新たに設置される特別区には充分な財源と権限がありません。この人口規模ではニアイズベターの理念も実現できません。都構想が実現すれば二重行政がなくなるだの、よりきめ細やかな行政サービスが実現出来るだのと喧伝されていたのですが、実際に野党を排し、正当性を欠いた状態で策定された協定書はあまりにもお粗末なものでした。

結局、異常な法定協議会で取りまとめられた都構想協定書はまともな検証に耐えうる代物では一切ない、ということです。

にもかかわらず、維新サイドがこまめに街頭演説で嘘偽りをちりばめた宣伝工作を繰り返すというのであれば対抗する他会派は卑劣極まる維新の手口を高らかに有権者に訴えるべきではないでしょうか?力及ばずながらも私も協力致します。

一人でも多くの有権者に維新の異常さと卑劣さが伝わりますようにと願ってやみません。

2014年9月17日 (水)

過去を隠して出馬するつもり?

次回統一地方選で維新から一次公認を受けた元グラビアアイドルの佐々木りえについて。

Twitterに佐々木りえの過去のグラビア写真が貼られて揶揄されていますが、維新スタッフの高石康はそうした行為を「卑怯」だと非難しています。高石曰く「そうしたグラビア写真は過去のものであり、今さらそれを拡散するのは名誉毀損にあたる」だそうです。

しかし、そうした写真は佐々木りえが過去のグラビアアイドルとしての活動で自ら配信したものであり、既に公開されている情報を改めて指摘することはなんら名誉毀損にあたらない。

しかも、佐々木がグラビアアイドルであったことを指摘することや、グラビア写真を生産していたことへの指摘が名誉毀損であるとはどういうことなのか。それは高石がそうした行為を「やましいこと」と認識していることの証左である。つまり高石自身がグラビアアイドルという職業に偏見を持っているのだ。

そもそも、佐々木のグラビアアイドルとしての過去を指摘されて都合が悪いのであれば、そんな人間を擁立するなと言いたい。選挙の候補者であれば、その人間の経歴も評価の対象であるのが当然である。佐々木がグラビアアイドルであったのは歴とした事実なのだから、それを認めた上で「佐々木は政治家として相応しい人間だ」と言ってやれないのか。「選挙には出す、だが彼女の過去は追及するな」とはずいぶんと都合のいい理屈ではなかろうか。

9月16日 気になったツイート私的まとめ

2014年9月13日 (土)

人選の浅はかさ

次回の統一地方選、維新から出馬する元グラビアアイドル佐々木りえ(31)は一度も大阪に住んだことはなく現在も東京在住。

ホームページでもブログでも政策にほとんど触れていないのはどうした訳だろうか?せめて政策理念くらいはホームページに示しておくべきだと思うのだが。。ブログの内容は、芸能人が書いているものと何も変わらないクオリティである。Twitterアカウントのプロフ欄に「私たちなら、変えられる!」と書いてあるあれが理念なのだろうか?

変えるというなら何をどのように変えるのかをはっきりするのが当たり前だろう。「変えます」と言えばそれで事足りると思っているのだろうか。このような候補者をあてがうとは、維新は明らかに有権者を舐めている。今に始まったことではないけれど。

2014年9月12日 (金)

市民を実験台にするな

外国人宿泊に空き部屋活用 条例案否決 http://www.yomiuri.co.jp/local/osaka/news/20140912-OYTNT50052.html

「橋下市長は「実験的なことをやるのが国家戦略特区。安全性を言い出せば規制緩和は進まな い」としている。」

安全性確保を疎かにして、なんのための規制緩和なの?言ってることが本末転倒。

あと、実験的なことをやるのが国家戦略特区って、実験の為に市民の安全を無視していいと思っているの?相変わらず、橋下徹は外道。

2014年9月11日 (木)

古典について

Twitterで、古典について興味深いtweetが流れて来たので、以下に引用

RT @oxomckoe:
ほとんどの人にとっては、「新書読んでれば十分」なわけだが、その700円程度の新書が生み出されるためには、背景に一冊6000円とかの研究書が100点生み出される文化基盤が必要なわけだね。ここは大学が担っている。だから、ここが枯渇すると、700円の新書がゴミ屑になる。

国民のほとんどにとって古典語など読める必要はないが、誰かが読めるだけで、その国民は古典語を解する国民でありえるわけだね。ちょうど国民のほとんどが数学憶えてなくても、今日のテクノロジーを享受できているのと同じことです。大学に文系学部を置いておくこと
は、物凄くリーズナブルなのです。

古典語が読めなくなったら人類はサルからやり直しですよ。政治理論が研究されなかったら人類は部族社会からやり直しですよ。確かに短期的には市場に乗らないが、しかし絶対に必要なものを、もっとも効率的に維持発展させる機関は大学に教員雇うことだよ。国家にとってこんなに安いインフラはない。

引用ここまで

古典の恩恵など、現代社会に生きる私たちにはあまり実感する機会がないが、古典の教えは現在でも脈々と生きている。

「選択と集中」といったフレーズが、あまりに軽々しく使われるケースが増えているように、筆者は感じる。しかし、学問において無駄を切り捨て効率を追及しようなどという行為は愚かしいと言える。

その研究が始められた当初はさして注目されなかったが、今になって大きな成果を上げているものは少なくない。今をときめくiPS細胞にしてもその黎明期は大きく注目されたものではなかった。他にも燃料電池やメタンハイドレートにしてもかつては今では考えられないような地味な研究だった。

一見して役にたつとは思えない研究の中から、人類に多大な貢献をする研究が生まれてくるものなのだ。学問において、選択と集中を過剰に取り入れようとすれば、将来芽の出る可能性のある有益な研究が潰されてしまいかねない。

学問が目先の利益に流されてしまうことのないように願いたい。学問の多様性により、社会の強靭性が担保されている。

2014年9月 9日 (火)

橋下信者「橋下さんが宇宙戦士に見えた」

個人的に残念でならない事実ではあるが、現在の大阪市長を勤めているのは橋下徹だ。

橋下徹は有権者からの熱狂によって大阪府知事選挙に当選し、その後は大阪市長選挙でも当選し現在に至る。

現在のところ維新に対する有権者の期待は衰えているが、橋下徹個人に対する人気は一定のものがあると言ってもいいだろう。なんとなく支持している大阪市民はまだまだ多い。

しかし、そういったなんとなくの有権者とは明らかに違うのが、いわゆる『橋下信者』と言われる人たち。

彼らはどこまでも橋下徹を擁護し、称賛し続け、タウンミーティングがあると聞けば必ず参加し、ネット上でも橋下徹を賛美する言説を吐き続ける。そうした一部のコアな支持者の言葉は、まるで「橋下徹を支持しないものは人に非ず」と言っているかのようだ。事実、私もネット上に橋下徹への批判意見を投稿した際、「橋下さんが嫌なら引っ越せ」などと言われた事がある。

そうした狂気を帯びた言動をしているから、彼らは『信者』と言われているのである。彼らは信者と言われるだけあって、何があっても橋下徹を批判しない。彼らの自我を保つ為には橋下徹に絶対的な善であってもらわなければいけないのだ。橋下徹の存在なしには、自我を保てないところまで行き着いたのが、橋下信者なのだと思う。

そんな彼らは「私は橋下信者なんかじゃない!橋下信者なんてのは、この世に存在しない!」などと決まって信者の存在を否定する。

だが、いくら彼らが否定しようとも、「橋下さんが宇宙戦士に見えた」などと常軌を逸した言動をする人間が実在するのだ。
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これが信者でなくてなんなのか、是非とも説明してもらいたい。

2014年9月 8日 (月)

いま必要なものはなにか

少し前のことだが大阪の学力が低迷しているとの記事をみた。

公募校長だの、学校選択制だの、ゼロトレランスだの、タブレット配布だの、橋下徹の思いつきレベルの政策はよく世間で物議を醸すのだが、肝心の学力はというとサッパリのようだ。
そもそも、学校選択制や公募校長というのは、一昔前に流行ったが、どこの地域でも成果をだせなかったために今はもう見向きもされないような古臭い政策だ。

橋下徹は思いつきレベルの政策にこだわるのは一旦やめにして地に足のついた地道な努力をしてみてはどうだろうか。例えば読書に取り組める環境を整えてやるとか。 テレビでも放送されたが、大阪市の小学校には司書が配置されておらず、教員の手も足りていないために図書室の解放が満足にできない小学校が多い。このような環境が放置されて一体どうやって学力が上がるのだろう?

離党を求めていた議員たちへの処分

大阪維新の会府議団は維新の離党を申し出ていた3人に対し、除団処分とすることを明らかにした。


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なぜこのタイミングかというと、先日総務大臣から協定書に対するお墨付きをもらえたからだ。これで3人を無理やり拘束しておく必要がなくなった。

維新は自分たちの都合で離党を認めず、用がなくなったらあっさり手放した。自分勝手な連中である。

2014年9月 6日 (土)

相変わらずの責任転嫁

橋下市長は、次の議会では法定協メンバーを会派の構成比率に合わせることを認める考えを示し、野党会派には協定書の修正・了承を求めた

MBSニュース

この記事の中で気になる箇所

橋下市長「野党には、単なる反対論や難癖、問題点をあげるだけではなく、自分たちで都構想の設計図を完成させる責任が生じた」

どうやったらそんな解釈になるのか、意味不明だ。

橋下徹は「設計図が完成したら、それをもとに市民に説明できる」とか「設計図が完成したら皆が賛成する」とか発言していたはずだが、肝心の設計図が完成した今になって「野党に設計図を完成させる責任がある」とか訳のわからないことを言っている。

設計図はとうに完成したのだから、それを持って市民に説明して回ったらいい。野党の責任とか的外れなことを言う前に自分の責任としてそれをやらなければいけない。

ついでに、都構想の効果額は4000億円とウソをついていましたと、正直に市民に謝ったらどうだろうか。


2014年9月 4日 (木)

大阪の異常事態

大阪で起きている異常事態は議会を開くことが出来ないというもの。維新にとって都合の悪い議決を控えている時は、議長と事務局が共謀して議会が開かれなくなる。
これによって維新に反対する住民の意見はまったく府政に反映されなくなる。これを独裁と言わずになんという。
もっとおかしいのはマスコミである。維新の議会潰しを批判的に報道しない。おかげで有権者も大阪で異常事態となっていることを知らない。
それどころか、紛糾する議会で議会を開催しろと至極正当な主張する議員をテレビの画面に映して、嘲笑の対象としているのがマスメディアである。実際にお茶の間でもその様子を観てヘラヘラ嘲笑っている視聴者が多いのではないだろうか。議会制民主主義において議会が開かれないことが如何に致命的なことなのか何も理解できずに。

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