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2014年9月11日 (木)

古典について

Twitterで、古典について興味深いtweetが流れて来たので、以下に引用

RT @oxomckoe:
ほとんどの人にとっては、「新書読んでれば十分」なわけだが、その700円程度の新書が生み出されるためには、背景に一冊6000円とかの研究書が100点生み出される文化基盤が必要なわけだね。ここは大学が担っている。だから、ここが枯渇すると、700円の新書がゴミ屑になる。

国民のほとんどにとって古典語など読める必要はないが、誰かが読めるだけで、その国民は古典語を解する国民でありえるわけだね。ちょうど国民のほとんどが数学憶えてなくても、今日のテクノロジーを享受できているのと同じことです。大学に文系学部を置いておくこと
は、物凄くリーズナブルなのです。

古典語が読めなくなったら人類はサルからやり直しですよ。政治理論が研究されなかったら人類は部族社会からやり直しですよ。確かに短期的には市場に乗らないが、しかし絶対に必要なものを、もっとも効率的に維持発展させる機関は大学に教員雇うことだよ。国家にとってこんなに安いインフラはない。

引用ここまで

古典の恩恵など、現代社会に生きる私たちにはあまり実感する機会がないが、古典の教えは現在でも脈々と生きている。

「選択と集中」といったフレーズが、あまりに軽々しく使われるケースが増えているように、筆者は感じる。しかし、学問において無駄を切り捨て効率を追及しようなどという行為は愚かしいと言える。

その研究が始められた当初はさして注目されなかったが、今になって大きな成果を上げているものは少なくない。今をときめくiPS細胞にしてもその黎明期は大きく注目されたものではなかった。他にも燃料電池やメタンハイドレートにしてもかつては今では考えられないような地味な研究だった。

一見して役にたつとは思えない研究の中から、人類に多大な貢献をする研究が生まれてくるものなのだ。学問において、選択と集中を過剰に取り入れようとすれば、将来芽の出る可能性のある有益な研究が潰されてしまいかねない。

学問が目先の利益に流されてしまうことのないように願いたい。学問の多様性により、社会の強靭性が担保されている。

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