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2014年11月23日 (日)

遅れてやって来た新自由主義者が国民生活を破壊する

衆院選が目前に控えていますが、結局、橋下徹と松井一郎は出馬を見送るのではという報道が出ています。明日には判明すると思うのですが、大阪を破壊するW首長にはいなくなって欲しいという思いがあったので、私としてはやや残念な気持ちがあります。


次に私が気になるのは、維新の党が国政でいくつ議席を獲得するのかになります。維新が大阪にとって有害であると私は認識していますが、国政においてもそれは同様であると思います。一つでも議席が少ないにこしたことはないのです。

そんな維新の党の公約はどのようなものかと言いますと、アベノミクの第3の矢をより推進するとのこと。具体的には電力の自由化、混合診療の解禁、道州制の推進など、極めて新自由主義的なものです。

安倍政権が誕生直後に掲げた、アベノミクの第3の矢は不十分なものだとの指摘を維新の党はしていますが、果たして本当にそうでしょうか?

安部晋三はかねてより構造改革の推進を唱えており、「岩盤を打ち破るドリルになる」と規制緩和を強力に肯定していました。安倍自民党は既に新自由主義政党として、構造改革を推進せんとする政党でありその意味において維新の党となんら変わりありません。

維新の党は自民党に変わる政党として自らをアピールしようとしていますが、やることは変わりません。自民と維新、どちらがより新自由主義的か、その競争をしているようなものだと思います。まあ、その競争では維新に軍配が上がるでしょうが…。

自民と維新では、維新のほうがより新自由主義的でありますが、そんなことは全然いいことではありません。というのは、この新自由主義というやつ、国民生活を不安定化させる既に終わったイデオロギーに過ぎません。

今回の維新の公約で言いますと、例えば混合診療の解禁をはじめとした医療制度改革など。医療への株式会社の参入、診療報酬の決定を市場に委ねる… 、等々の改革を掲げ、命に関わる分野を市場原理にさらそうとしています。

命を預かる医療分野に営利を第一とした考え方を持ち込まれると、命の沙汰も金次第になってしまいます。病気になったときに金持ちは質のいい医療を受けれるが、お金のない人は最低限の医療を受けることもままならないということにもなりかねません。国は、医療という国民に不可欠なサービスに関しては、企業が儲けやすい環境を整えるのではなく、必要な人にはある程度のサービスを誰もが受けれるようにしておかなければいけないと思います。でなければ、お金のあるなしで生死が決まってしまうでしょう?

また、電力の自由化についても、第二次安倍政権において推進された事です。しかし、電力だって規制緩和ばかりして儲けを考えた企業の参入を促してもろくなことにはなりません。競争に生き残ることを考えた電気事業者が投資を手控える事だって考えられるのです。そしてそれが電力供給の不安定化や慢性的な電力不足を招きかねません。実際に先行事例の欧米では既にそうなっていますし、電気代も上がってしまいました。それを安倍政権はむざむざと後追いし、維新の党はさらにその推進を訴えるのですか。

既に述べたように、新自由主義は終わりの見えかけた劣悪なイデオロギーであり、各国で新自由主義に対する懐疑の声は大きくなりつつあります。しかし残念ながら我が国で政権を獲得した安倍自民党は新自由主義を再び掲げました。その安倍政権が衆議院を解散し、改めて選挙をするとなった今、新自由主義の見直しを訴える声を国政に届けようとする人たちに頑張って欲しいと、私は思います。

維新の党の様に、既に終わった新自由主義を掲げる自民党に更なる新自由主義を訴えて対抗しようとする、周回遅れに周回遅れを重ねた政党は、いらないのです。

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