pop

  • pop
無料ブログはココログ

« 給食の廃止で歓声を上げる生徒たち | トップページ | 緊縮し過ぎの日本の財政 今こそ財政の拡大を »

2017年2月11日 (土)

「白杖シグナル」の周知は当事者たちが望んだことなのか?

ツイッターでこのような記事が拡散されていました。



「このポーズは白旗シグナルという「視覚障害者のSOSサイン」です。まちで見かけたら声をかけてあげてください。40年前からあるサインですがほとんど浸透していないのだそうです。」

とのことで、このポーズは40年前からあるにもかかわらず、ほとんど浸透していないのだとのこと。それを皆にしってもらうよう情報を拡散するのは一見よいことのように思いますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

実は、このポーズは全ての視覚障害者が知っているものでもなく、これがSOSのサインであるという理解が広まってほしくないと考えている当事者もいるのです。これは福岡県盲人協会という団体が提唱し、こういうものを広めてはどうかという考えのもと実施されている運動であって、全ての視覚障害者や白杖ユーザーの総意によって進められているものではありません。

白杖ユーザーの中には「私はしゃべれるんだから必要な時は声を出して助けを求める、そんなポーズはしたくない」とか「杖を掲げるのは弱視の人同士で待ち合わせる時にも使うポーズだから、SOSの意味に限定してそのポーズを広めたくない」と考えている人もいるのです。

視覚障害の人が助けを求める手段としてそのような方法もあっていいのではないか、使いたくない視覚障害者はそのようなポーズを取らなければいいだけでは、と思われる方もおられるでしょうが事はそう簡単ではありません。

それは

白杖を掲げていない白杖ユーザー=助けを求めていない視覚障害者

と周囲が誤解してしまう可能性があるからです。実際、視覚障害者が困っていたのに周囲は「白杖を頭上に掲げていないんだから、助けは必要ないんだな」と判断して手を貸さなかったという事例があるのだそうです。

さらに言えば、視覚障害者が危険な状況にあるのに、本人がその状況に気づいていないというケースも考えられます。こうした状況は駅のホームなどでよく見受けられます。ツイッターで「駅のホームで白杖ユーザーがホームの端を歩いていて心配だったけど、白杖を掲げていないので大丈夫だと思った」という投稿をしている人がいました。おそらくそれは本人が危険な状況に気づいておらず、周囲が声かけをして助けてあげるべきだったと思います。最悪ホームから転落していた可能性がありますので。

白杖を使用している人がいるという時点で、周囲が少し気にかけてあげるようにする必要があるのではないでしょうか。困っている困っていないを白杖をあげているかどうかだけで判断する必要はないと思います。

白杖シグナルのことよりも、社会が白杖ユーザーや視覚障害者に対して知っておいたほうがいいことなんていくらでもあります。

「白杖を使っているからと言って全盲だと言うわけではない。弱視の人や視界に制限のある人も白杖を使うので、白杖ユーザーがスマホを使っていてもなんらおかしくない。」

「前触れなく視覚障害者の体に触れると驚きや恐怖感を与える。サポートが必要な時は相手に声かけをしてから助ける」

「視覚障害者には弱視や視野が欠けた人など様々なパターンがある。見えにくさは一様ではない。」

「点字ブロックはその周囲も含めて塞がないようする。」

など、知っておいいて損はないでしょう。視覚障害者に適切なサポートをする為にはこれらの知識が有益です。

SEALDsなどの頭の悪い集団のように、視覚障害者にとって必要な点字ブロックの上に堂々と座り込んでしまうのは最低ですよね。

当事者の事を置き去りにした白杖シグナルの推進運動なんて、別になくても構わないのではないかと思います。

« 給食の廃止で歓声を上げる生徒たち | トップページ | 緊縮し過ぎの日本の財政 今こそ財政の拡大を »

心と体」カテゴリの記事

コメント

Please rate my video on YouTube http://vli.su/youtube

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2063857/69567449

この記事へのトラックバック一覧です: 「白杖シグナル」の周知は当事者たちが望んだことなのか?:

« 給食の廃止で歓声を上げる生徒たち | トップページ | 緊縮し過ぎの日本の財政 今こそ財政の拡大を »