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2018年8月

2018年8月30日 (木)

効率論もおかしなことばかり

マックのクルーの仕事は合理的に計算されていて誰でも統一した方法を学習してメニューを提供出来るようになる。
だが、それ故に仕事が単純な反復作業の繰り返しになり、労働者はやりがいをなくし離職率が高い。
合理性を追及するあまりマックは新しい人を雇用し教育する必要があり非効率的になってる。

これはマクドナルドに限らず、チェーン展開のファストフードは多かれ少なかれそうである。
やる気を喪失した人にやる気を持たせるより、新しい人を雇った方がいいというのは合理的な経営判断だが、長期雇用が成立せず関係性が持続しないのは実は非効率なことなのだ。

長期的に同じ場所で同じ人が働き続ければやはり熟練する。周りの人との人間関係が円滑化し「この人だったらきっとこう考えている」という風に何も言わないでも歩調を合わせた仕事が出来る。チームマネジメントに秀でた人が育ってくる。長期的な雇用が成立するのはとても有益なことなのだ。

短期間にコロコロ人が入れ替わっていたら、新たな採用、研修コストを支払わなければならず、損失が発生する。
で、多くの人は合理的な判断や効率性を過剰に重視するあまり似たような隘路に陥ってしまうのだよな。

安易な根性論も危険で非効率的だが、根性論の否定も別の落とし穴があるかもしれないという見識が大切なのである。

みなさん効率性や合理的というのが好きなのだ。

「役所のやることは非効率でけしからん」という見方をする人がいるでしょ。

みんな役人に対して効率的な仕事をして欲しいと思ってるでしょ。でもそれはお役所仕事を徹底しろということなのだ。

2018年8月12日 (日)

無駄かどうかを議論することこそ無駄

公共事業について、相変わらず必要性を主張しても「でも無駄な公共事業だってあるし」ということをよく言われます。別にこちらも無駄な公共事業をしろと言っているわけではなく、例えばまだまだ道路網が貧弱だったり新幹線網が未整備で水道管や橋が老朽化していて治水が不十分で防潮堤が足りなくてと必要な事業がいくらでもあるからやれと言っているだけなのですが、無駄な事業をすることになるのではないかと言いたがる人が必ずいるようです。

それだけならまだしも公共事業がまったく足りず多くの人の命が災害リスクにさらされているこの状況で「公共事業なんてどうでもいい」とか「税金増えまっせww」とか言ってくる人間のクズもいますね。公共事業がまったく足りていない今でも「無駄な公共事業をやっているのではないのか」という因縁をどうしてもつけたいようです。

公共事業は長年ずっと削減され続けています。必要かどうかの議論は大事ですし、公共事業に関しては費用便益分析というものが必ず行われています。必要なものしか執行されていないにも関わらず「無駄ではないのか」と因縁をつける連中にはある程度共通した心理や傾向があると思っています。

1つは建設業に関わる人達が殴られても殴り返してこないことをわかっているから延々と殴り続けるのだろうと思います。弱いものいじめの心理です。

だから平然と公共事業をバカにする。公共事業にも有益なもの、そうでないものがあるのは当たりまえのことですが、そんなことは考えようともしません。

後は、公共事業否定論に対して反論された後によく聞くのは「過去に土建業と癒着があったのは事実だろう」と言うものです。

しかし、行政や政治と民間が癒着する可能性があるのであればどんな事業だってそうでしょう。それでは民間が絡む事業は全部ダメだということになりますし癒着があるかもしれないからダメだと言うのなら政府は何もできないですよね。

だいたい、必要かどうかの議論は確かに大事ですが、議論をすればはっきり無駄だと断定できるようなものなんてそうそうありません。多くの人から見て必要と思えるような事業でも必ず異を唱える人がいますがそれを言い出したらキリがないと思います。

そんなに無駄かどうかをいちいち気にする人は、自分の仕事が誰の目から見ても無駄とは言い切れない仕事なのかどうか胸に手を当てて考えてみればいいでしょう。あれは無駄ではないか、これも無駄ではないかなどと公共事業を攻撃する人は、その人自身の存在が無駄ではないかと問われた時になんと言い訳するのでしょうか。

無駄な事業をすることになるかもしれないからと公共事業に反対する人がいますが、長年公共事業が削減され続けてきて最低限を割り込んだレベルの公共事業しか今は行われていないという経緯をしっかり把握してもらいたいものです。

「あなたの仕事こそ無駄ではないのか」と言われて無駄と判定されたら自分は仕事を失ってもいいという人が公共事業が無駄かどうかを論じるなら千歩ほど譲ってまだ理解はできますが、たいていの人はそれは無理でしょうから。

2018年8月 6日 (月)

「偏らない意見」は一種の幻想

表現者クライテリオンというメールマガジンで「意見が偏らないためにはどうすればいいか」という趣旨の質問に執筆者が答えるという記事がありました。

詳細に読めていないのですが、概ね執筆者の回答した内容に同意できるなという記事でした。

私も周囲の人と政治的な意見が対立することが多いですが、「偏った考え方をしている」という非難のされ方をすることもたまにあります。

ですが、偏った考え方を持つというのは本当に悪いことでしょうか?

状況の把握の仕方はそれぞれです。それについて自分で勉強し自分なりの考え方を持てばその人その人で解釈がわかれるのは当然のことです。

確かに私は「財政赤字など気にせず、むしろ財政赤字を拡大するべきである」とか「現在は公共事業が足りておらず、もっと増やすべきである」などと他の人はあまり言わないことを繰り返し言います。

そんな私の意見を気にくわない人は「偏った意見を言うな」と言ってくることが多いです。

しかし、私は私なりにしっかりと根拠を述べて私の主張を裏付けようとしているわけであって、多数の人の意見から外れているといってなぜ私の意見を翻さないといけないのでしょうか?人はいろいろなので、多数の意見とは違う意見を言う人だって当然いるわけです。

そんな私の意見を偏っているなどと非難してくる人に限って「みんながそう言っているのだからそうなのだろう」という論拠に乏しい話を繰り返すばかり。はっきり言って周囲の意見に流され過ぎなんです。そしてそんな奴に限って「自分の頭で考えて意見を持つことが大事なのだ」などと平然と言います。矛盾してますね。

ある物事に対してしっかりと勉強すればするほど考え方に差異が出てくることはある種の必然です。

あたりさわりのない、みんなが言うのと同じような意見しか言わなければ「偏っている」という謗りは受けないでしょうが、それで本当にいいのでしょうか?

2018年8月 5日 (日)

ヨーロッパが抱える困難

https://www.gentosha.co.jp/book/b11698.html

日本の没落 (幻冬舎新書) [ 中野剛志 ]

価格:950円
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先日、中野剛志氏の『日本の没落』という本を読みましたが面白かったです。

正直、中野剛志氏の本で勉強にならなかった本はないのですが毎回毎回内容が濃いので概ね理解するのに時間はかかりますけどね。

経済に関しては『富国と強兵』をしっかり読んでおけば勉強としてはだいたい十分です。

今回の『日本の没落』で注目したのは欧州の移民の話です。

ダグラス・マレーという人が移民を受け入れすぎて問題を抱え込んでいくヨーロッパをヨーロッパの自殺と論評していることを中野剛志氏は紹介し今のヨーロッパがどのような混迷の中にあるのか簡潔に解説しています。

ヨーロッパでも移民について否定的な言動を取る人には差別主義だとか排外主義のレッテルが貼られ言論を封殺される風潮にあるそうです。これはかなり危険な兆候ですね。我が国でも似たようなことがあります。

イギリスなどでは、国民に移民に対しての聞き取りをするとほとんどの人が否定的な印象を抱いているそうです。世論調査では67%もの回答者が移民が増えることを「悪いこと」だと感じているとのことです。ですが、ヨーロッパのエリート達はそうした声を無視して移民をどんどん入れている。

悪質ですよね。

しかし、安易に移民を入れてしまったツケはどんどん顕在化しているようですね。

イギリスのオックスフォード州では9人のイスラム教徒からなるギャングが少女に売春をさせていた問題が発覚したそうです。

移民だから彼らがこのような犯罪を犯したというわけではありませんが、このイスラム教徒のギャング達は他の宗教や人種に対する差別的意識を持っていたとのこと。彼らは彼らの持つ前近代的価値観に基づいて非イスラム教徒の少女達に売春をさせていた。

移民が入ってくるということはいろいろな背景を持つ人間の集団が入ってくるという事なので、複雑な問題を抱えますよね。
左翼の価値観ではいろいろな個人が入ってくるだけなのでしょうが、人間は生まれた環境や所属する共同体から自由になれるものではありません。また共同体同士が仲良くやれるという保証なんてどこにもありません。

日本もこれから移民がどんどん入ってくるのであれば、複雑な問題を抱えることになりかねないとキモに銘じた方がいいでしょうね。

ヨーロッパでも庶民は移民に対して忌避感を持っています。それが当然の感覚ですが、ヨーロッパのエリートや日本の左翼はそういう普通の感覚を排外主義だとか古い因習的な考え方だと冷笑する、それが私には気にくわないです。

またユダヤ人に対する襲撃事件が多発していることも見過ごせません。また、あろうことか移民を推進したい連中はそうした事実を隠蔽しようとしているそうです。

ドイツではAfDという政党が移民排斥を主張して台頭してきましたが、彼らは反ユダヤ主義だとマスコミから集中砲火されたとのこと。ですが、皮肉なことにドイツの主要都市に集まって「ユダヤ人を殺せ」と叫んでいるのは主に移民だそうですよ。

ノーボーダーの女性活動家が移民にレイプされてしまったり陰惨な事件は後を絶ちません。

ヨーロッパの自殺とはよく言ったものだと思いました。



2018年8月 2日 (木)

国の借金とは何か正しく理解するべき

東洋経済のオンライン記事に、評論家の中野剛志氏の記事が掲載されていました。
https://toyokeizai.net/articles/-/231318?display=b

治水が大事、公共事業をするべきというのは何度も繰り返し主張してきた事なのであえては触れませんが、中野剛志氏の記事は政府の債務についてあまりに的確に簡潔に解説しているので引用しておきます。

「そもそも、政府債務の返済は、国税収入だけで行うものではない。継続的な借換(新規国債の発行によって同額の国債償還を行うこと)によることもできる。政府債務というものは、原則として完済をする必要がない債務なのだ。それゆえ、ほとんどの先進国において、国家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていない」

「国の借金」というフレーズがあまりにも繰り返されているのですが、ほとんどの国民は政府の借金について正しく理解していません。

借金というと将来元本を返済しないといけないとみんな思っているわけですが、政府の借金を返済していく国なんてありません。利払いを延々続けていくだけです。返さなくていい借金を国民1人辺りに換算して将来世代のつけなどと議論するのは愚の骨頂です。

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「それにもかかわらず、日本は財政危機であり、公共事業費を増やすことはできないという思い込みは、依然として根強い。」

「確かに、これまで述べたような「財政赤字を拡大すべきである」「政府の財政破綻はあり得ない」「政府債務は完済する必要がない」といった議論は、「借金は返さなければならない」という家計や企業の一般常識に反するものであり、感覚的には受け入れ難いであろう。

しかし、政府債務と民間債務とでは、制度的にまったく異なる。政府の借金を、個人や企業の借金のアナロジーで考えてはならないのだ。この政府債務を民間債務と同じように考える通俗観念こそが、あり得ない財政破綻への恐怖を掻き立て、国民の生命・財産を守るために必要な公共事業の実施を阻んでいるのである。」

個人の場合借金をしたら返さなくてはなりませんが、国家の場合はぜんぜん前提条件が違います。

中野剛志氏の『富国と強兵』には詳しく書いてありますが、はっきり言ってしまえば経済が落ち込んでいる時は政府が借金して経済に貨幣を供給しなければいけない。

治水、インフラの老朽化対策、耐震化、防潮堤、道路建設等々やるべきことはたくさんあります。

国債を発行すれば解決する課題を借金をしたくないからと先送りすることこそ将来へのツケ回しなのです。




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