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学問・資格

2017年2月 2日 (木)

ニセ科学・ニセ医療は人を殺す

Twiiterでおかしな発言をする医師に注目が集まっていました。

内海聡という悪質な医師です。



特にこの発言のどこがどうおかしいのかの説明は不要だと思います。「甲殻類アレルギーの人は自分の殻に閉じこもっている人だ」などと言われても普通の人は信じませんよね。

問題は、この医師が日ごろから間違った医療知識を垂れ流しあろうことか本まで出版していることです。

「輸血は受けてはいけない」だとか「薬は飲んではいけない」だとか通常の医療を否定するような本を出してお金を稼いでいる人です。本が出るということは買う人が一定数いるということですね。

極めつけは「障害のある子供を産んだ親は反省しろ」などとわけのわからないことを言っていたことです。



ただでさえ障害を持つ子供を産んだ親御さんは自分を責めることもあると聞きます。内海聡はこんな間違った情報で人を侮辱して人間性を疑います。添加物もワクチンもない時代から障害を持つ人は産まれています。

「内海氏の一連の投稿に、反発は広がる一方だ。サイエンスライターの片瀬久美子氏はツイッターで、

「自然出産で健常児を産んだ人たちには自分たちへの肯定となるだろうけれど、そうではない人たちにとっては呪縛でしかないですよね。どちらも親の不摂生とは無関係に起きます」
と指摘。」

しかもその後に内海聡に抗議した人とのやりとりがまた酷かったです。

暴言のオンパレードといった感じで、この人の言うことを信用する人がいるというのが私にはもう信じられません。

ちなみにこの内海聡は1回の診察で3万円もとるのだとか。こんな人物が医師免許を持っていていいのでしょうか?

なんと言っても一番の問題は、こうしたおかしな医師の言うことを信じてしまって、薬を使うなどの通常の医療を拒否してしまう人がいることです。こういうデマは人を殺します。

あろうことか、政治家の中にも内海聡を肯定してしまう人がいます。

山本太郎と三宅洋平です。この人達は福島県に対しても差別的な発言を繰り返し、普通に生活しているだけの人達を侮辱しています。内海聡はこういう差別的な連中と親和性が高いのでしょう。というか内海聡が差別主義者だし。

こういう医療デマ情報を信じ込んでしまう人はどうしても一定数いるのですが、どうか正しい情報が少しでも広がって騙される人が少なくなって欲しいと思います。

2015年5月 7日 (木)

橋下市長の苦し紛れのデマ

先に公開した、「橋下市長のつぶやき」についての分析結果ですが、下記HP上にも掲載しました。先の画像だけでは字が小さくで見えづらかった。。。。という方は、是非、下記HPをご参照(&周りの方へのご紹介)を願います。                   http://satoshi-fujii.com/150506-5/

Posted by 藤井 聡 on 2015年5月6日

詳しくは藤井教授のサイトへ。
http://satoshi-fujii.com/150506-5/

学者たちが百名以上名を連ね、都構想への懸念を表明することになりました。
そこで、橋下徹は早速ツイッターでデマを流し、学者らを貶める作戦にでたようです。

しかし、これまでは橋下徹からの攻撃を心配して、思うように批判ができなかった学者たちも、今回は結束しています。そう簡単に橋下に屈するようなことはありません。

それに橋下の攻撃は、都構想に対して内容に批判を加えた学者たちに対して、人格批判や事実無根のデマで応じるという橋下らしいいつものやり方です。早速、藤井教授にその手法を暴露されてしまっています。

百名以上の学者から批判を浴びた橋下にできることは精一杯のデマを垂れ流すことだけ、という状況なのではないでしょうか。

まだまだ橋下は攻撃を続けてくると思いますが、こちらはあらゆる勢力が力を合わせて、全力で応戦していく必要がありますね。

2015年5月 5日 (火)

やっぱり都構想なんて論外だった

本日、藤井教授の呼びかけにより、地方自治や行政が専門の学者たちによる記者会見が行われました。学者たちは大阪市を廃止して五つの特別区に分割する大阪「都構想」と言われるものに批判的な見解を表明したとのことです。

会見の動画はこちらから。

ものの見事にバッサリ切り捨てられてしまっています。

橋下市長へのリーダーシップまでも批判の対象になってますね。まあ橋下徹は単に仕事もなにもできない役立たずですからね。

大阪都構想って本当にズサンな議論しかやってないんだなあ。。やっぱり『論外』としかいいようがないんですね。
これは反対に投票するしかないですね。

2014年10月20日 (月)

内田樹氏が語る教育改革について

テレビで取り上げられた大阪の教育。橋下改革によって、大阪の教育は日を追うごとに悪くなっているように感じます。

2014年9月11日 (木)

古典について

Twitterで、古典について興味深いtweetが流れて来たので、以下に引用

RT @oxomckoe:
ほとんどの人にとっては、「新書読んでれば十分」なわけだが、その700円程度の新書が生み出されるためには、背景に一冊6000円とかの研究書が100点生み出される文化基盤が必要なわけだね。ここは大学が担っている。だから、ここが枯渇すると、700円の新書がゴミ屑になる。

国民のほとんどにとって古典語など読める必要はないが、誰かが読めるだけで、その国民は古典語を解する国民でありえるわけだね。ちょうど国民のほとんどが数学憶えてなくても、今日のテクノロジーを享受できているのと同じことです。大学に文系学部を置いておくこと
は、物凄くリーズナブルなのです。

古典語が読めなくなったら人類はサルからやり直しですよ。政治理論が研究されなかったら人類は部族社会からやり直しですよ。確かに短期的には市場に乗らないが、しかし絶対に必要なものを、もっとも効率的に維持発展させる機関は大学に教員雇うことだよ。国家にとってこんなに安いインフラはない。

引用ここまで

古典の恩恵など、現代社会に生きる私たちにはあまり実感する機会がないが、古典の教えは現在でも脈々と生きている。

「選択と集中」といったフレーズが、あまりに軽々しく使われるケースが増えているように、筆者は感じる。しかし、学問において無駄を切り捨て効率を追及しようなどという行為は愚かしいと言える。

その研究が始められた当初はさして注目されなかったが、今になって大きな成果を上げているものは少なくない。今をときめくiPS細胞にしてもその黎明期は大きく注目されたものではなかった。他にも燃料電池やメタンハイドレートにしてもかつては今では考えられないような地味な研究だった。

一見して役にたつとは思えない研究の中から、人類に多大な貢献をする研究が生まれてくるものなのだ。学問において、選択と集中を過剰に取り入れようとすれば、将来芽の出る可能性のある有益な研究が潰されてしまいかねない。

学問が目先の利益に流されてしまうことのないように願いたい。学問の多様性により、社会の強靭性が担保されている。