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心と体

2017年3月19日 (日)

アベニクシをこじらせた人達



日テレ関係者が、発達障害の人たちに対する差別を煽るようなツイートをしたと指摘されていました。

他者からの指摘を受けて、ツイートをすでに削除したようですが、そもそもなぜこんなツイートをしたのか理解に苦しみます。発達障害と一口にいっても様々ですが、平気でうそをつく例として発達障害が挙げられる理由がわかりません。アスペルガー症候群を引き合いにアベガーなどと言っていますが、アスペルガー症候群は言葉の言外の
意味がわかりにくいなどの特徴があり、むしろ本音を言うべきでないときに言ってしまったりします。当事者たちは周囲からの理解がないと孤立しがちで困難を抱えることになるのですが、清水潔のツイートはそういう人たちに対する偏見を激しく煽るものです。安倍首相を揶揄するために障害を利用するなどそもそも品性が愚劣ですが、平気でうそをつくなどという話がいったいどこからでてきたのでしょうか。

そもそもアスペルガー症候群という言葉自体が、現在は使われなくなってきています。本来、アスペルガー症候群とはいう名前は、自閉症の特徴がありながら、知的能力や言語の発達には遅れのみられない状態、自閉症の一種として使われてきました。アスペルガー症候群とは自閉症スペクトラムという大きな集合のなかのほんの一部という「ことで、最近は使う機会が減っています。自閉症、アスペルガー症候群、高機能自閉症、それらをまとめて自閉症スペクトラムと呼ぼうという流れになっています。ただ、自閉症スペクトラムの人を個別に支援していくためのてがかりとして、これまでの診断名を活用するということはあるでしょう。

最近は栗原類さんのように、自らの発達障害を告白する人もいてアスペルガー症候群という呼び方も多くの人に知られるようになってきました。以前は自閉症などの発達障害は親の育て方に原因がある、いわゆる冷蔵庫マザーという誤解などもありましたが、それらの誤解もずいぶん払拭されてきたようです。

しかし、テレビの関係者がいまだにこんな偏見に基づいたことを言うなどとは信じがたいですね。安倍首相のことが嫌いなのはわかるのですが、障害や病気などを持ち出さずに普通に批判はできないのでしょうか。反安倍のレベルの低さにはほとほとあきれるばかりです。

2017年2月11日 (土)

「白杖シグナル」の周知は当事者たちが望んだことなのか?

ツイッターでこのような記事が拡散されていました。



「このポーズは白旗シグナルという「視覚障害者のSOSサイン」です。まちで見かけたら声をかけてあげてください。40年前からあるサインですがほとんど浸透していないのだそうです。」

とのことで、このポーズは40年前からあるにもかかわらず、ほとんど浸透していないのだとのこと。それを皆にしってもらうよう情報を拡散するのは一見よいことのように思いますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

実は、このポーズは全ての視覚障害者が知っているものでもなく、これがSOSのサインであるという理解が広まってほしくないと考えている当事者もいるのです。これは福岡県盲人協会という団体が提唱し、こういうものを広めてはどうかという考えのもと実施されている運動であって、全ての視覚障害者や白杖ユーザーの総意によって進められているものではありません。

白杖ユーザーの中には「私はしゃべれるんだから必要な時は声を出して助けを求める、そんなポーズはしたくない」とか「杖を掲げるのは弱視の人同士で待ち合わせる時にも使うポーズだから、SOSの意味に限定してそのポーズを広めたくない」と考えている人もいるのです。

視覚障害の人が助けを求める手段としてそのような方法もあっていいのではないか、使いたくない視覚障害者はそのようなポーズを取らなければいいだけでは、と思われる方もおられるでしょうが事はそう簡単ではありません。

それは

白杖を掲げていない白杖ユーザー=助けを求めていない視覚障害者

と周囲が誤解してしまう可能性があるからです。実際、視覚障害者が困っていたのに周囲は「白杖を頭上に掲げていないんだから、助けは必要ないんだな」と判断して手を貸さなかったという事例があるのだそうです。

さらに言えば、視覚障害者が危険な状況にあるのに、本人がその状況に気づいていないというケースも考えられます。こうした状況は駅のホームなどでよく見受けられます。ツイッターで「駅のホームで白杖ユーザーがホームの端を歩いていて心配だったけど、白杖を掲げていないので大丈夫だと思った」という投稿をしている人がいました。おそらくそれは本人が危険な状況に気づいておらず、周囲が声かけをして助けてあげるべきだったと思います。最悪ホームから転落していた可能性がありますので。

白杖を使用している人がいるという時点で、周囲が少し気にかけてあげるようにする必要があるのではないでしょうか。困っている困っていないを白杖をあげているかどうかだけで判断する必要はないと思います。

白杖シグナルのことよりも、社会が白杖ユーザーや視覚障害者に対して知っておいたほうがいいことなんていくらでもあります。

「白杖を使っているからと言って全盲だと言うわけではない。弱視の人や視界に制限のある人も白杖を使うので、白杖ユーザーがスマホを使っていてもなんらおかしくない。」

「前触れなく視覚障害者の体に触れると驚きや恐怖感を与える。サポートが必要な時は相手に声かけをしてから助ける」

「視覚障害者には弱視や視野が欠けた人など様々なパターンがある。見えにくさは一様ではない。」

「点字ブロックはその周囲も含めて塞がないようする。」

など、知っておいいて損はないでしょう。視覚障害者に適切なサポートをする為にはこれらの知識が有益です。

SEALDsなどの頭の悪い集団のように、視覚障害者にとって必要な点字ブロックの上に堂々と座り込んでしまうのは最低ですよね。

当事者の事を置き去りにした白杖シグナルの推進運動なんて、別になくても構わないのではないかと思います。

2017年2月 5日 (日)

医療デマを広げるSADLメンバー

内海聡とかいう頭のおかしな医師の発言について以前の記事でも紹介しましたが、ネット上や書籍でおかしな医療情報を拡散している人は内海聡だけではありません。内海聡くらいおかしなことを言っているとさすがに常識があればほとんどの人がこれはおかしいと判断できると思いますが、微妙に信憑性があってもっともらしく拡散されているデマは結構多いと思います。

例えばこのような人↓

このFUSAEという葬式デモで福島の人々を傷付けた人は、こうしたところでもおかしなことを言っています。
ツイートにツッコミどころが多数ありますね。

まず子宮頚がんワクチンの接種は多くの国で推奨されており、思春期の女性が公費で接種しています。子宮頚がんはヒトパピローマウイルスによって発生する病気であることが現在ではわかっており、ワクチンの接種で完全にではありませんが効果的に予防ができます。

カナダ、オーストラリア、アメリカなどでは男性も接種しています。ウイルスは性交で感染するので性行動開始前の接種が推奨されていますが、性交開始後でも可能です。

ヒトパピローマウイルスによる健康リスクを減らすには、一次予防としてワクチン接種、コンドーム使用、性的パートナー数の制限があります。二次予防として高リスク型ウイルスの感染および細胞の異常がないかを確認するための検診があります。



こうした予防策は、1つで完結するものではなく組み合わせて効果を発揮するものであり、女性の命を守るために不可欠です。小学生に対してワクチンを打つのも予防に効果的な年齢で接種させるためでおかしなことでもなんでもありません。むしろ日本はワクチンとはなんら関係のない健康被害を理由にワクチン接種に反対する人がおり、こうした理由で予防の取り組みが遅れているのです。

またFUSAEの「正しい食生活と体に悪い使い捨てナプキン撤廃」という発言もあまりにおかしなものです。食生活やナプキンどうこうはがん予防になんの効果もありません。あまりにも頭のおかしな発言に呆れます。

ネットには「紙オムツやナプキンのような合成化学物質を皮膚にあてると、悪いものを吸収してしまう」だとか「子宮頚がんや子宮内膜症の原因になる」などという説を紹介しているサイトはあります。このような情報は事実なのでしょうか?

この「皮膚から悪いものが吸収される」とする説は「経皮毒」と呼ばれていますが、まったく根拠のないデマなのです。

医学用語で経皮毒性という言葉ならあります。1977年、江角吉造という人がラットの皮膚にステロイドを塗りその影響を調べて論文にしました。ステロイドは分子が小さく皮膚に吸収されるためその影響を調べたものです。

「経皮毒」という言葉は竹内久米司と稲津教久という人が2005年に『経皮毒』という本を出版して広めた言葉ですが、これは医学用語の経皮毒性とはまったくの別物です。本の内容も出鱈目極まりないものでした。

あの三宅洋平という頭のおかしなミュージシャンも関係しているそうです。

『経皮毒』という本にはオムツかぶれは合成界面活性剤によって起こるなどというデマが平気で書かれています。他にも量の概念を無視して化学物質を列挙して危険だと決めつけたりしています。

そもそも紙オムツや生理用ナプキンに使われている高分子ポリマーは分子量200~500万、人間の皮膚は分子量3000以上のものを吸収しないので、人体に悪影響を与えるだとかはまったく荒唐無稽な話です。発がん性もありえません。

私たちが普段着ている服にはポリエステルやアクリルで出来ているものもありますが、それが体内に入ってくるなどはあり得ない話です。そもそも紙オムツや生理用ナプキンの高分子ポリマーは紙の中にはいっているのでそれが危険だという話はありえません。

他にも経皮毒を主張する人はシャンプーを使っていると化学物質が人体に取り込まれて羊水からシャンプーの臭いがするなどというデマを流しますが、産科医療に携わっている人からそんな話を一度も聞いたことがありません。羊水の臭いをかぐことは普通ありませんからこうしたデマが蔓延するのでしょう。

経皮毒や使い捨てナプキンは危険だという話は根拠のないデマなので信じないようにしましょう。子宮頚がんワクチン否定したりこうしたデマを流すSADLnoFUSAEはやはり悪質な人物です。

大事なのは「あるかないか」ではなく「どれだけあるか」

豊洲への移転がもめにもめています。

築地はかなり老朽化し、地震があれば一発でアウトでしょう。何よりネズミが走り回っているような不衛生な環境なので、さっさと移転をするべきだと筆者は思います。

ところが、小池都知事や共産党都議団、マスメディアが豊洲の地下水から環境基準を超えるベンゼンが出ただのくだらない騒ぎを起こし、いつまでも移転が出来ないことによって都民に大きな損失が生じています。

そもそもどうして、飲み水や食品の洗浄に使うわけでもない地下水に飲み水の基準を当てはめて考えなければならないのでしょうか?地下水が汚染されていようがいまいが、問題は食品を扱う部分の環境が綺麗かどうかでしかないと思います。

地下水からベンゼンがどうのこうのを言う人は「ベンゼンは揮発するから」などと言いますが、そもそもベンゼンは車の排ガスにも含まれる物質とのこと。揮発したベンゼンが一体どれほどの危険をもたらすのでしょうか?



なんと、豊洲で扱われるマグロに付着した水を1日2トン、70年間毎日飲み続けると、気化したベンゼンによって10万人に1人ががんになるリスクがあるとのことです。

はっきり言って有意なリスクであるとは言えませんね。

そもそも普通に呼吸をするだけで、私たちは毎回数万個のダイオキシン粒子を吸い込んでいるとのことですし、海水にはウランやヒ素も当たり前に溶け込んでいます。

「あるかないか」で物事を判断するのではなく「どれくらいあるか」で判断するようにしないと、リスクゼロを求めていては何もできないことになってしまいます。

有意でもなんでもないリスクを考えていると不合理な判断をしてしまうことにもなりかねません。

例えば、食品の残留農薬や化学肥料の影響を過度に気にする人がいます。そうした人の中には「無農薬栽培」「オーガニック」を謳った作物などを買って「これで農薬のリスクを回避できた、安全を手に入れることができた」と思い込む人がいます。しかし、それでリスクが減らせたかというと必ずしもそうではないのです。

まず、残留農薬の基準値は人体に影響を及ぼすことがないよう非常に厳しく設定されています。

まず、基準値の決め方は、実験動物に農薬の成分を長期間与えて有害影響のない量(無影響量)を調べます。動物によって違う結果になった際にはもっとも少ない量で有害な影響が見られたものを採用します。ちなみにこの際の有害な影響とは死亡といった重大な影響ではありません。多少、体重の増え方が悪かったというだけで有害影響とみなされます。ゆえに致死量とはまた違うわけです。

さらに、人間と動物の違いや、同じ人間の個体差がある場合を考慮したうえで、動物実験で得られた無毒性量の100分の1の数字を用いて、1日摂取許容量(ADI)がさだめられているのです。

さらにそこから、一般の人が作物をどのくらい食べているかや日本人の平均体重を考慮したうえで残留農薬の基準値が設定されているので、普通に流通している作物の残留農薬の影響など、はっきりいってほぼゼロなのです。まれに、検査に引っ掛かって基準を超えるものが発見されますが、違反があっても健康に影響のない量であることがほとんどです。

逆にオーガニック野菜等を選択した場合のリスクとして、2014年、輸入されたオーガニックベビーフードから
アトロピンとコポラミンという有害物質が検出されたと報じられました。この時に検出された量は、赤ちゃんの健康に悪影響のあるレベルだったとのことです。農薬を使わずに栽培した野菜を使っていたのですが、そのせいで畑の雑草に含まれる有害物質が取り込まれていたのです。これは一例でほかにも農薬を使わないことでカビ毒などが食品に混入するリスクが高くなってくるのです。

食品を選択する際にも、普通に農薬を使っている食品を選んだほうが実はリスクを抑えられるのに、有意でない農薬のリスクばかりを気にしていると判断を誤ってしまいます。

世の中、有意でないリスクを強調して人の不安を煽ってばかりの扇動家が少なくありません。リスクはあるかないかで判断するのではなく、どれほどのリスクなのかを冷静に考えるしかないということです。

2017年2月 3日 (金)

いくら事実を積み重ねても払拭されない差別

このブログでは以前の記事でも甲状腺がんについて取り上げ甲状腺がんの多数発見は単に検査によってこれまでありふれていたがんが見つかっただけの可能性を指摘しました。

あらたな発表でも、やはり検査によって多数見つかっているがんは過剰診断であると報告されたとのことです。



「甲状腺がん異常増加の原因は過剰診断だった
世界中の先進国で甲状腺がんの罹患率が近年急激に増加しています。特に目立つのが韓国。この数年間で6~7倍も甲状腺がんが発見されるようになりました。さて、その原因は何でしようか? 北朝鮮の核実験による放射能被曝でしょうか。あるいは、謎の発がん物質が韓国国内に蔓延しているのでしょうか。

その回答は過剰診断(見つける必要のないがんを検診で見つけ出してしまうこと)です。北朝鮮の核でも発がん物質でもありません。韓国は甲状腺がん検診を積極的に行っていることで有名です。検診のやり過ぎが原因であるだろうことは以前から指摘されていましたが、最近発表された疫学研究で確たるエビデンスがついに出たのです。過剰診断が原因であったということです。

甲状腺がんは放置しても死なない?

ほとんど死亡しないがん
甲状腺がんの異常増加の大部分は2センチ未満の小さながんでした。しかも病理診断的には乳頭腺がんというタイプのものです。このようなサイズのがんはほとんど症状を出しません。

しかも甲状腺の乳頭腺がんは死亡原因とならないがんという特徴があります。別の原因で亡くなられた人の全身を病理解剖すると、甲状腺の乳頭腺がんがよくみつかります。すなわち、甲状腺の乳頭腺がんは放置しても死ぬまで症状を出さないがんであることがほとんどなのです。

一方、甲状腺がんによる死亡率はどうでしようか。死亡率は変わっていませんでした。甲状腺がんがこれだけ増えたといっても、死亡率は変わらずですから、生死に関係しないがんをみつけていたということになります。

しかも、今回発表されたデータによると、甲状腺がんが見つかった人々では一般人と比較して生存期間が長かったということも判明しました。検診を受けるような人々はもともと健康意識が高いので、より健康長寿であることが原因とされています。

リンパ節転移でも死亡しないがん
また、今回の韓国の疫学研究結果では、さらに興味深い結果が判明しました。リンパ節転移をみた患者でも甲状腺がんで死亡することは非常に稀であることがわかったのです。これは、がん診療に関係する専門家にとっては理解し難い結果でした。しかしそれが事実。これまでの常識にとらわれずに医学的現象を受け入れることも必要なのです。

甲状腺がんの検診は通常、エコーと呼ばれる超音波検査で行われます。ほとんど健康な一般人を対象に大規模な検査を行うのはかなりの 高額な費用がかかります。

また、甲状腺がんの診断では、その結節に針を刺して細胞を吸引し細胞診という顕微鏡検査を行うことによってなされます。出血などの合併症のリスクもある侵襲的な検査です。

福島原発事故の周辺住民の発がんリスクは?

過剰診断の認知が広がる
このような背景から韓国では2015年ごろから甲状腺がん検診への見直しが徐々に広がってきています。早期発見早期治療というコンセプトは正しいこともあればそうでないこともあるということを皆が理解し始めました。これにより、直近のデータでは、甲状腺がんの罹患率が低下し始めました。」

結局、検査をしても見過ごしても問題のないがんを見つけてしまうだけで、がんだとわかって精神的ショックを受けてしまったり検査費用や時間などがムダになってしまうというデメリットが際立っていたということなのです。

検診はメリットとデメリットを天秤にかけてするかどうかを決めないといけません。通常の甲状腺がんのような悪性度の極めて低い疾患は、やたらと検査をすると検診のメリットをデメリットが上回ってしまうのです。


とにかく、これで甲状腺がんの多数発見はなんら騒ぐ必要のないことであると改めて裏付けられた格好です。

しかし、これで安堵というわけにはいきません。福島の被曝線量は何も問題ないと既に明らかになっているにもかかわらず、福島に対して風評被害を加える人が後を絶たないという深刻な問題があります。

「やはり全国各地で子供たちが今まで我慢してきたという事実の表れだと思います!
完全に差別です!
福島県出身を隠せという指導。
どうして何の罪もない福島の子供たちが汚名を着せられ人目を気にしながら生きなければいけないのか?
福島県の子供たちは、一生負い目を背負って生きていかなければいけないんでしょうか?
あまり騒ぐなと言う風潮がありますが、騒がなければ福島の子供たちはいじめられるままです!
国連の科学委員会は福島県の調査を5年以上続け、福島県に放射能の健康被害はないと言うことを公に発表しています!」

福島から避難した家庭の子供が金銭を脅し取られるなどの犯罪被害にあったことが報道されるようになってきましたが、全国的な福島に対する差別被害が深刻な問題となっているのです。

福島に住んでいる人は差別にさらされとても傷ついています。



「昨年夏、関東地方のデパートで試食販売をしていた。中年の女性から「おいしいねえ。これはどこ産?」と聞かれ、うれしくなって「福島です」と笑顔で答えた。

 その瞬間、女性は口に入れた桃を吐き出し、立ち去った。

 体がすくみ、言葉が出なかった。なんてことをするんだろう。最初は怒りを感じた。少し時間がたつと、とても悲しく悔しい気持ちになった。福島という地名を言っただけで、こんなに激しく拒絶されるなんて。」

こうした差別は原発事故が起きた直後から、事故から6年が経とうする今になっても続けられているのです。

こういった差別をヘリパッド反対派も繰り返していました。

SADLのメンバーのFUSAEも葬式デモなどという愚劣なパフォーマンスをして福島の人達の尊厳を傷付けていました。

これからも、こうした醜い差別主義者たちと戦わなければならないのかと思います。

広島、長崎の原爆では被爆者に対する差別が長く残りました。福島で同じことを繰り返してはいけないと思います。

福島では健康被害も、先天異常も何もありませんでした。福島の人達が差別される理由は、何もありません。

2017年2月 2日 (木)

「日本死ね」で踊っている人に見えていないもの

松居和氏のフェイスブックよりシェアします。



「 こんなツイートが保育士さんからありました。
 「保育士の転職サイトで『保育士の仕事は親の代わりに子育てをすること!親に向いてない人はいないから、保育士に向いてない人もいない!』という文章をみつけて衝撃を受けている。
 私は親代りのつもりは全くないし、保育士に向いている人はわからないけど、向いていない人はいると思っている。」
 最近の保育士不足から起こっている現場の状況や、「保育園落ちた、日本死ね」という流行語に代表される、保育に対する意識の変化を考えれば、こういう、転職サイトの無責任な宣伝文句自体が衝撃です。よくわかります。保育をサービス産業、成長産業と位置付けた政府の経済優先施策、その狭間で儲けようとする転職サイトや派遣業者が「親の代わりに子育てをする」保育界の質を一気に下げ、壊してゆくことへの憤りさえ感じます。
 もともと実習を体験した保育科の学生の半数以上が、自分には無理、と判断して保育士にはならなかった。資格を持っているから保育士になれるのではない、と理解した。そうした学生たちの、始める前に「自分を埋める」という賢明な判断が保育界の質を支えていた。大自然の法則にも似た彼女たちの行動を、政府が無責任に、現場に出ていない資格者が80万人いるのだから、「掘り起こせ」と言い、保育界で儲けたい人たちが、「三年経ったら園長にしてあげる」「派遣会社は毎年違う園が体験できますよ」などと学生に呼びかける。馬鹿な首長が、「子育てしやすい街にします」「待機児童をなくします」と言って親子を引き離す施策を選挙公約に掲げ、板挟みになって苦しむ課長の意見に耳を傾けずに、いつの間にか「子育て放棄しやすい街」をつくる。そして、財源のある東京都の区長は、5万円の商品券、月八万円の居住費を餌に、地方から保育士を青田買いしようとする。
 実は、誰にも親の代わりはできない。ベテラン保育士たちは知っている。自分たちがいくら頑張っても5歳まで。しかも、毎年担当は代わる。自分たちが頑張ることによって、親たちが親らしさを失うのであれば、本末転倒。子どもの幸せを優先したことにはならない。
 最近の保育士さんの離職原因の第一が同僚との問題です。とくに3歳未満児保育は、以上児と違って複数担任の場合が多く、「向いていない人」「そこにいてはいけない人」が同じ部屋にいるだけで、感性のある人ほど辞めていく。そういうケース(ケースと言うことがすでにおかしいのですが)、奇妙な出会いが、日々幼児の視線(神様の目線)にさらされているのです。だれでもできる仕事ではない。保育士という職業につける人間はそうそういない。たぶん20人に一人くらいしかいない。
 (この宣伝文句を眺めていてふと思いました。保育士が基本的に出産を経験していて、30年くらい続ける職業で、親身に育ててくれる先輩数人に囲まれ、担当する子どもが年齢を問わず三人ずつくらいまでで、必ずそこに親たちからの感謝と信頼の目線があり、訴訟がない社会なら、「保育士に向いてない人もいない」と宣伝して、それから数年かけて育ててもいいかもしれない。でも、まったく、そういう仕組みではありません。)
 「親に向いていない人はいない」ではなく、子育てに向いていない社会はない、ということなら言える。一人ではできないのが子育て。集団の意識や、異なる資質や体験の重なりと相互の育ちあいがなければ不可能なもの。もっと進めて、一人一人の人間の違いを生かし、相談しあい、育ちあい、絆を深めるために「子育て」があるのだと理解するといいのです。」

◆昨年の流行語になぜか流行ってもいない「保育園落ちた日本死ね」が選ばれました。「保育園落ちた日本死ねという言葉がそこにある問題に目を向けさせた」などと意味のわからないことを言う人がいますが、そんな言葉が出る前から待機児童問題は社会的に認知されていました。

「日本死ね」を肯定する人達はあの発言で自治体が待機児童解消に取り組むようになったとかわけのわからないことを言っていますが、事実に反するのではないでしょうか。そして何よりそれでいい方向に向かっているとは私には思えません。

何より、保育の質や保育現場の疲弊といった問題が「日本死ね」を肯定する人達に少しも顧みられている形跡がないと思います。

とにもかくにも保育士の頭数を揃えればいいと考えている園の経営者もいるようです。働きやすい環境が整わなくて現場に入ってきた新人保育士がちゃんと成長できるのでしょうか。現状、子供とじっくり向き合えるような性格の保育士ほど職場に違和感を覚えて辞めていくこともあるようです。

無理やり待機児童を解消しようとした自治体で保育の質が下がっているそうです。7こどもを預かる責任の重さを考えれば、安易にあずかろうとするのはおかしいのではないかと感じずにはいられません。

また、親の方の意識にも変化があるようです。最近は「休みの日も子供を預かってもらった方が得」という言葉を平然と口にする親もいるそうです。それが親にとっても子供にとってもいいことなのでしょうか。仕事や家庭の事情などで、保育園に預けなければいけない家庭があるのは承知しています。しかし、とにかく預けてしまえと言う親がいるのはおかしいのではないでしょうか。それで親子の絆をちゃんと形成できるのでしょうか。

よほど未熟な人間でなければ、子育ては親から子へ一方的に与えるだけでなく、親も子供から多くのものを与えられていることに気づくと思います。子供が2歳、3歳くらいの時に他人に育ててもらうのが当たり前では、親が子供から学びを受け取る機会を逸してしまいます。また、子供が大きくなってから「もっとちゃんと自分で育てればよかった」と思っても、もうその時間は戻ってきません。

社会の責任として、子供を預けなければいけない家庭のニーズをきちんと包摂する必要があるのは当然のことですが、「日本死ね」はとにかくおかまいなしに子供を預け保育の質もおかまいなしにとにかくあずかれという風潮を助長したように思います。
疲弊した保育現場も、薄れつつある親子の絆も顧みられることはなかった。

「日本死ね」で日本社会のいい部分の一部が、確実に死にました。

ニセ科学・ニセ医療は人を殺す

Twiiterでおかしな発言をする医師に注目が集まっていました。

内海聡という悪質な医師です。



特にこの発言のどこがどうおかしいのかの説明は不要だと思います。「甲殻類アレルギーの人は自分の殻に閉じこもっている人だ」などと言われても普通の人は信じませんよね。

問題は、この医師が日ごろから間違った医療知識を垂れ流しあろうことか本まで出版していることです。

「輸血は受けてはいけない」だとか「薬は飲んではいけない」だとか通常の医療を否定するような本を出してお金を稼いでいる人です。本が出るということは買う人が一定数いるということですね。

極めつけは「障害のある子供を産んだ親は反省しろ」などとわけのわからないことを言っていたことです。



ただでさえ障害を持つ子供を産んだ親御さんは自分を責めることもあると聞きます。内海聡はこんな間違った情報で人を侮辱して人間性を疑います。添加物もワクチンもない時代から障害を持つ人は産まれています。

「内海氏の一連の投稿に、反発は広がる一方だ。サイエンスライターの片瀬久美子氏はツイッターで、

「自然出産で健常児を産んだ人たちには自分たちへの肯定となるだろうけれど、そうではない人たちにとっては呪縛でしかないですよね。どちらも親の不摂生とは無関係に起きます」
と指摘。」

しかもその後に内海聡に抗議した人とのやりとりがまた酷かったです。

暴言のオンパレードといった感じで、この人の言うことを信用する人がいるというのが私にはもう信じられません。

ちなみにこの内海聡は1回の診察で3万円もとるのだとか。こんな人物が医師免許を持っていていいのでしょうか?

なんと言っても一番の問題は、こうしたおかしな医師の言うことを信じてしまって、薬を使うなどの通常の医療を拒否してしまう人がいることです。こういうデマは人を殺します。

あろうことか、政治家の中にも内海聡を肯定してしまう人がいます。

山本太郎と三宅洋平です。この人達は福島県に対しても差別的な発言を繰り返し、普通に生活しているだけの人達を侮辱しています。内海聡はこういう差別的な連中と親和性が高いのでしょう。というか内海聡が差別主義者だし。

こういう医療デマ情報を信じ込んでしまう人はどうしても一定数いるのですが、どうか正しい情報が少しでも広がって騙される人が少なくなって欲しいと思います。

2017年1月31日 (火)

大阪府の監察医制度の危機

フェイスブックよりシェアします。



「永岡です、毎日放送のニュース「VOICE」の特集で、死者の死因特定、事件性がないのかを判定する監察医の制度が、大阪府で危機に瀕していることが報じられました。
 病死など、家族に看取られて、あるいは病院で亡くなった例以外で、事件性はないのかを見る監察医の精度があり、大阪府にはあって、大阪大学のお医者さんが、自宅の風呂で亡くなった方の死因特定(溺死と結論)、あるいは、自宅で薬を飲んで死んだとされる高齢者の例、これは問題ありとして解剖して、結果、凍死と判断されるなど、大阪府で年1000件の監察医の活躍があるのですが、監察医は、もともと戦後に伝染病などの蔓延を防ぐために死因を特定するためのもので、しかし今は全国で廃止されて、今残っているのは東京23区と大阪府、神戸市のみ、横浜市、京都市、福岡市は廃止です。他のところでは、監察医に相当する仕事は年間20数件と言うのです。
 これ、監察医の必要性は、4年前の青酸カリによる全国での不審死事件、これは監察医制度がなく、その代わりに警察医というものがあるのですが、解剖する権利がなく、先の青酸カリ事件も、大阪府堺市の警察医の方が、解剖出来たら事件性は分かったというほど、重要です。特に、死因を特定するのが重要で、今後高齢化社会になり、老々介護などもあり、この重要性は高いのですが、何と、大阪府で監察医制度を廃止して、民間の医者に診てもらうようにするというのです。事務所の老朽化や、年間1.6億円の維持費が大変と言うもので、大阪府側は、死因を特定できる医師を整備したらいいと主張し、他方、医師の側は、死因を特定する医師の育成が大変、また医師の負担も大変として、両者の主張は平行線です。
 ところが、東京23区では、これから高齢化に伴い、監察医制度は大事と、逆に充実させるというのです。
 これについて、弁護士の森直也さんは、この制度は刑事責任を追及する材料を探すのではなく、公衆衛生の上から、戦後間もなく導入された制度であり、衛生のためのものと言われて、そして公衆衛生は高まっても、今あるダブルチェックが無くなると、死因を後で特定できなくなると言われて、司法解剖も大変な数であり、問題があると言われました。
 これは、医療の観点から重要であり、大阪は、例の住吉市民病院の件にしろ、医療、医者のあまり世話になっていない人たちが机上で決めて破綻しているようにも思われました、以上、VOICEの内容でした。」

高齢化に伴い、東京23区では監察医制度を充実させようとしているのに、大阪では逆行しているとのことです。形ばかりの制度は東京の真似をしようと躍起になっていますが、肝心の中身の方は良くならないどころか衰退しているようにさえ思います。特に医療や福祉など重要な部分の意思決定はちゃんと制度を熟知した人が決めているのだろうかと疑問に感じます。

住吉市民病院の件といい、市民に必要な医療サービスを今後も受けることができるのかがポイントなのではないでしょうか。

2017年1月30日 (月)

住吉市民病院の廃止で社会的ハイリスクの問題とどう向き合うのか

フェイスブックより住吉市民病院の問題についてシェアします。



「昨日1月23日、朝日放送「キャスト」内で再び報じられた住吉市民病院問題。局内で急きょゴーサインが出て放送されたもののそうですが、「二重行政」なるものの本質を突いた、まさに息を呑むような内容になっていたと思います。
特にすぐれていると思ったのは、「医療的ハイリスク」と「社会的ハイリスク」について(そのような表現を用いないまでも)きちんと整理したうえで、問題を指摘していたことです。
府市共同住吉母子医療センター(仮称)が完成すれば高度な医療が提供されるようになり、たしかに「医療的ハイリスク」の問題は解消されるでしょう。
しかし、その「解消」のためには高額な治療費が必要とされるかもしれません。
一方、無事に出産できても経済的な問題や、周囲に支援者がいないなど、さまざまな理由で退院がためらわれるような環境は「社会的ハイリスク」の問題です。
「キャスト」でははっきりと、このような「社会的ハイリスク」をかかえた人たちが切り捨てられ、“行き場を失う”ことになる問題が指摘されていました。
問題が解消されるどころか、ますます大きなものになってしまう、というのです。
この放送ではたまたま病院の話題になっていましたが、水道、交通、公衆衛生、はては万博、IR(カジノ)に至るまで、すべての問題の本質がこれです。
「社会的ハイリスク」は、特定の誰かの問題ではありません。ソーシャルワーカーの藤田孝典さんが『下流老人』などの著書で警鐘を鳴らしているように、今や誰の身にふりかかってもおかしくないものです。
大阪は、「お金持ち」あるいは「お金持ちの外国人観光客」のためにサービスを提供する都市になろうとしているのです。」

大阪市の周産期医療が抱える問題は、提供する医療の質がよくなれば解決するというものではありません。貧困や虐待など、社会的な問題を抱えて支援を必要としている人が大阪には多く存在します。

住吉市民病院では、たとえば未受診妊婦などリスクの高い人の受け入れなどの役割を担ってきたのですが、果たしてこれからはどうなるのでしょうか。

行政が提供する医療のサービスは、そこからこぼれおちる人が出ないように広い視点を持つ必要があると思います。医療的ハイリスクにどう対応するかだけではなく、社会的ハイリスクにもきちんと対応していかないと、行き場を無くしてしまう人が出かねません。

2017年1月15日 (日)

一部のゲイリブと在日が全体に迷惑をかける

韓国の日本領事館前に慰安婦像が設置されたことを受け、日本政府が強硬な措置をとりました。正直、ここまで強い態度に出るとは思いませんでした。

そもそも、他国の領事館に対してその国を貶めるような行為をすることはウィーン条約違反にあたります。設置したのは民間団体ですが、韓国政府はウィーン条約に基づいてそのような行為を止めさせる義務があります。

ましてや、日韓の合意で日本はこれまでの慰安婦問題について非を認め謝罪をし、10億円を支払いこの問題を決着させました。にもかかわらず民間団体の行為とはいえ、よりにもよって領事館の前に慰安婦像を設置するなど許されることではありません。

韓国は合意に基づいて直ちにこの像を撤去しなければなりません。まあ、日本人の中にも韓国の感情を踏まえれば慰安婦のことを訴えたい韓国の気持ちもわかると韓国のことを擁護する人もいるのですが

そういう人って、韓国が他国と合意を結んでもそれを平気で反故にする国だとアピールしているようなもので、こんなことがまかり通るなら今後、韓国と何かしら合意を結ぼうと思う国はいなくなってしまうのではないでしょうか?

また、日韓両国の関係悪化を懸念する在日韓国人の民団が、慰安婦像を撤去するべきだと声明を出しました。韓国による一方的な合意の破棄で、日韓関係がこじれてしまったら、不利益を受けるのは彼らなのでやむをえない態度でしょうね。在日韓国人の中にもいろいろいるのでしょうが。

ですが、このような意見もありました。

SADLの在日韓国人のサンナムが、慰安婦像の撤去を民団が求めたことに対して「在日同胞共通の考えではない」とコメントしているのですが、民団の団長が民団を代表して慰安婦像の撤去を求めたということはそれなりに多くの在日韓国人が慰安婦像撤去を求めている根拠と考えて良いでしょう。
多くの日本人が慰安婦像設置を認めた韓国の対応に憤りを感じていることは世論調査からも明らかなわけで、一方的に同意を反故にした韓国に対する日本人の反感は日増しに高まっていると考えるべき。そうして両国間の対立が深まれば、マイノリティである在日韓国人が大きな不利益を考えるのは明らかなわけで、どう考えても一方的に同意を反故にした韓国に対して穏便な対応を求めるのは、民団としては当然なわけです。
SADLの在日韓国人サンナムの考え方の方が、多くの在日韓国人の意識から解離していると考えた方がいいと思いますね。
また、多くの在日韓国人は、サンナムのように被害者面して慰安婦の件でいつまでも日本を責め立て自らの権利を主張する一部の五月蝿い在日韓国人に迷惑しているのだと思いますよ。
在日韓国人の多くは反日ではなく日本で穏便に生活したいと考えているのではないかと思います。

SADLのサンナムのようにいつまでもこの問題を蒸し返したい在日韓国人もいるのでしょうが、このような人が在日韓国人全体の意見を代表しているように認識するのもそれは違うと思います。

日ごろから在日韓国人に対する差別の反対で、暴力的な反差別運動をやっている俗にしばき隊と言われるような人たちの中に、李信恵、辛淑玉、金明秀のような日本人に対して差別的な言動をとり暴力事件まで起こしてしまうような韓国人たちがいるのですが、このような人達はむしろ特殊例で、そういう過激な在日韓国人たちによってむしろ多くの他の在日韓国人たちは迷惑しているのだそうです。

このように一部の声の大きいクレーマーが全体のイメージを悪くしているのは在日の問題だけにとどまりません。
http://jack4afric.exblog.jp/8137786/
ゲイリブと在日

LGBTと言われる性的マイノリティの問題もおなじです。

過激な反差別運動を繰り返し暴力事件もおこしているしばき隊は、外国人差別に対してだけでなく性的マイノリティへの差別をなくそうと執拗にいっています。ゲイやレズに対する差別に反対なのは筆者もおなじなのですが、しばき隊、SADL、SEALDsなのはLGBTへの権利擁護をなどと言って声高らかに訴えてくるのですが正直、鬱陶しいです。しかも、それもまた一部のLGBTが騒いでいるだけに過ぎないのです。

昨年も、ミナミダイバーシティフェスという催しでしばき隊やSADLが騒いでいました。

葬式デモをやった人間のクズのフサエというSADLの女がツイートしているのがそれです。

正直、ミナミダイバーシティフェスのパフォーマンスには、多くのLGBTが嫌悪感、不快感を示していました。一部が騒いでいるだけなのです。一部が騒いでいるからといって、皆がそうとは限らない。声の大きいだけの連中は迷惑だということです。

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