2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

pop

  • pop

経済・政治・国際

2019年3月10日 (日)

欧州の混乱と反差別の欺瞞

欧州の移民の流入はかなり深刻。ロンドンではもう2011年の段階で白人のイギリス人の方が少数です。そうなる前に、移民が増えすぎていると指摘していた論者もいましたが、そうした論者が警告していたよりも実際に移民は増えすぎてしまった。

2016年のイギリスで産まれた男児につけられた名前でいちばん多かったのはモハメッドだったそうです。これまでキリスト教は欧州のアイディンティティの1つであったものが、かなり衰退し現在はイスラム教がその勢力をあまりにも伸ばしている。

イギリスには数の上ではキリスト教徒は一定数存在するものの、信仰心がそれほど篤いとは言えません。宗教はあなたにとってどれほど重要ですかと問うと、キリスト教徒はイスラム教徒より宗教に重きをおいていない。だからイギリスの文化はイスラムに浸食されつつある。

これまでもEUの仕組みによってイギリスは移民が流入してきましたが、近年の、ことに中東の政治的混乱以降、移民の質は変わりつつあります。イスラムの様式を頑なに守り、何があっても同化しようとしない移民たち。

イギリスのあちこちの街で、景色が変わりつつあります。キリスト教会は閉鎖され、代わりにモスクができた。多くのパキスタン人やイスラム教徒が移住した地域では、パブの閉店が相次ぎました。
移民に対する楽観論を唱える者は、移民はいずれ同化して欧州人として振る舞うなどと嘯いていますがならばどうして街の景色がどんどん変わっていくのでしょうか?
そして特定の民族が集中して生活し、もといた住民たちが足を踏み入れられないような地域ができてきた。

アメリカの移民について研究したボージャスは同化のプロセスを阻害する要因として、移民同士でのコミュニティを形成し、その中でのみ生活することを挙げています。アメリカでも一部の移民グループは同化がうまくいっていない。

日本でも過去の入管法の改正で日系ペルー人や日系ブラジル人が多く移住してきて工場などで働きました。リーマンショックを契機に多くは帰国したりもしましたが今でも残り生活している人たちがいます。彼らは20年以上日本で生活しても、日本語を十分に修得できていない人たちがいます。

そういう人は周りに同郷の人たちばかりがいて、日本語を覚えようという動機がなかった。
群馬県大泉町はブラジル人が多く移住してきた地域として有名ですが、そこでは今、ビジネスで成功した外国人グループと、地域から疎外された外国人グループとで分断されているそうです。

そして、文化的背景の違いによる軋轢がどのような混沌をもたらすか、強調しても強調し足りないくらいです。
イギリスのオックスフォードシャーでは、複数のパキスタン人や北アフリカ出身者が、現地の11~15歳の少女を人身売買して有罪を宣告されました。

「2011年の国勢調査結果の公表を前にした1月、9人のイスラム教徒の一団(7人はパキスタン、2人は北アフリカの出身)がロンドンの中央刑事裁判所で有罪を宣告された。性的な目的で11~15歳の子どもを人身売買したかどだった。現代版の奴隷として売られた11歳の少女は、彼女の〝オーナー〟である虐待者のイニシャル(モハメッドの「M」)を焼き印されていた。法廷での証言に従えば、モハメッドは「彼女を自分の所有物にするとともに、他人にそのことが確実にわかるようにするために焼き印を押した」のだという。これはサウジアラビアやパキスタンの地方部で起きたことでもなければ、同じ時期に同様の事件が多発した英国北部の町で起きたことでもない。英国北部の町で起きたことでもない。2004~12年にロンドンからもそう遠くないオックスフォードシャーで起きたのだ。 集団レイプや小児虐待が移民の専売特許であるなどとは誰にも言えない。だがこの種の小児レイプ団が勢力を伸ばしたことにより、明らかに一部の移民が特殊な文化的思想や性向を保持していることが露わになった(後に政府が行った調査でも、それが確認された★6)。その一つが女性(特に非イスラム教徒の女性)や他の宗教、異人種、性的マイノリティなどに対する前近代的な見方だ。そうした事実を指摘することで「人種差別主義者」の烙印を押されることへの恐れと、それよりずっと穏健なことを述べただけでキャリアを台無しにされてしまったレイ・ハニーフォードのような例が見られたことが相まって、これほどの事実が明るみに出るのでさえ何年もかかってしまった。」『欧州の自死』より

これだけの事件が起きたにもかかわらず、法定でも犯人たちの出自や文化的背景にも触れられず、触れようとすると差別主義者だと糾弾されるリスクを負う。私からすれば異様な出来事です。

また、こんな事件もありました。

「2015年夏、イタリアとフランスの国境のベンティミリアで「ノー・ボーダーズ(国境をなくそう)」運動に従事していた若い女性活動家が、スーダン移民のグループに集団で暴行された。仲間の活動家たちは、大義に傷がつくのを恐れて、彼女に被害を口外しないよう説得した。最終的に彼女が被害を届け出ると、仲間たちは「悪意」からレイプを通報したとして非難した★」『欧州の自死』より

文化的な背景の違いからか、移民や難民による犯罪は少なからず各地で問題になっています。そして、ここでも問題の隠蔽が起きている。国境を無くそうとして移民や難民たちの支援をしていたグループの大義は立派だったのかもしれませんが、身内の女性が被害にあったというのに、なぜ口をつぐむのでしょうか?なぜ被害女性を黙らせ、あろうことか非難まで浴びせるのでしょうか?

欧州では移民の受け入れについて否定的な見解を示した者が排外主義者だと非難され社会的立場を危うくされることがあります。これは欧州が深刻なアイディンティティの危機に陥っているからだとマレーは指摘します。

国家が国家として、アイディンティティを持ち国民を比護しなければ普通に生きる国民の生活の安寧は守られない。人々が国民国家の一因として、移民は自分たちの生活のルールを守れと、そう要求しなければ社会の秩序は守れないのです。毅然とした態度が必要なのですが、欧州人にはその気概があまり残っていないようですね。

しかし、気概が残っていないで済まされるような話でもなく、移民による治安の崩壊は今後の欧州の国民の生活に大きな影を落とすことはほぼ間違いないでしょう。
大晦日のケルンで、大規模な集団暴行事件が起きてしまいました。この事件が外国人によって引き起こされたものだと警察から発表があったのは、しばらく経ってからでした。

ケルンでの暴行事件が明るみになった直後に、左翼から飛び出した主張は、これは右翼のでっち上げだというものでした。左翼にとって移民は聖人でなければいけないのでしょうか?若い男性が多くを占め、異なる文化背景を持つ移民の男性達は、暴力に及ぶこともあるのが当然なのですが、それだけの事実を左翼はなかなか認めたがらない。暴行事件を批判する人を差別主義者だと罵ったところで、そんな主張は多くの人から軽蔑されて終わりになるでしょう。

移民が国を出る背景には様々な事情があります。そういう事情を鑑みれば移民には同情できる要素も、支援をする理由も時にはあるでしょう。移民が時として問題を起こすことを認めても、移民に対する擁護の立場に立つこともできるはず。ただ、移民が起こした問題を見てみぬ振りをするのは人として最低の所業です。

日本でも状況はなかなか深刻です。
反差別を標榜する団体がいくつも乱立し、移民に対する懸念を表明する人たちに対し、容赦なく恫喝や脅迫を繰り返しています。
おまけに大阪の反差別団体に所属するある日本人の若者は、運動のあり方に疑問を呈したところ、反差別団体の幹部の3人の在日韓国人に呼び出され、1時間にも渡り暴行を受けるという凄惨なリンチ事件が起きました。

在日韓国人が日本人をリンチするという不祥事を起こしたその団体は、事件の情報が外部に漏れると都合が悪いからと、情報を隠蔽し、リンチ被害者へのネット上での誹謗中傷を集団的に行ったのでした。
ある在日韓国人の学者は被害者の恋人に対する身体的危害を仄めかすというようなこともありました。

リンチ事件が明るみになり、反差別団体への風当たりが強くなると、反差別団体は自らを批判している人物の自宅にまで押しかけ、妻や子供に恐怖を与えて黙らせるといった卑劣な手段まで講じるようになります。
四国の某自動車販売会社の社長が、反差別団体の事件について批判をしていたのですが、彼の自宅の近くを反差別団体は徘徊し写真をネット上に公開しました。彼の奥さんと傷害を持つお子さんは、恐怖で震えたらいたとのことです。

そのような反社会的行為を繰り返す連中が、日本の移民問題についても必ず反移民を糾弾する行為に及んでくることが予想されます。

このまま行けば日本は移民によって生じる問題についてほとんど議論のできないまま、欧州が経験したような大混乱の二の舞となってしまう可能性が高いと思われます。なし崩しの移民の導入など絶対に認めてはいけないのです。

2019年2月27日 (水)

没落国家・日本の介護の未来は

事実上の移民政策が加速

昨年の入管法改正のニュースでは、介護分野での外国人受け入れが大きくクローズアップされました。


これまでもEPAなどで外国人が介護士として入ってきていまたし、技能実習生という制度もありましたが、それはあくまでも国際協力や経済連携のためという建前。しかし入管法改正に関しては「人手不足を解消するため」として、労働力を確保するための外国人介護士が議論に上がってきたのです。


この流れは既定路線だったのでしょうね。某地方のシンポジウムで、介護法人の経営者が「将来は外国人介護士を導入することになっているから、うちは今から外国に介護の学校を作って人材育成をしています」と得意気に話していた人がいたのが数年前。


そういう人たちの声を受け、かなり前から外国人に介護をさせるように、国や経済界が動いていたのだと思います。

この流れは以前から存在していた

介護分野に外国人が働きにくるようになったのは、かなり以前からです。

今ではその方法も多岐にわたっています。


まず08年からEPAによる人材の受け入れが始まります。この時は、フィリピン、インドネシア、ベトナムの3ヵ国に限定され、人数も制限がかかっていました。今でもこの制度は続いています。これまで4265人がこの制度で来日しました。

この制度を使って来日するにはある程度の日本語能力がなければいけません。介護は対人サービスなので当然のことですが。

中でもベトナムからの人材受け入れは日本語能力がおおむねN2程度になっているので、ベトナム人がもっとも人気です。


EPAで在留できるのは原則4年です。ですが、その間に3年以上の就労経験があれば受験できる介護福祉士試験に合格すれば、永続的に就労できることになっています。17年度までに延べ1596人が受験し、719人が合格しています。やはり日本語能力が高いベトナム人の合格率がもっとも高いとのこと。

だいたい8割から9割くらいのベトナム人は試験に合格します。


労働環境がキツイとか、日本人が仕事を押し付けているとかSNSに投稿しているベトナム人が多いらしく、現地に情報が伝わっているそうですが…

介護留学と偽装留学生

17年度9月には、在留資格「介護」が追加されました。

これは、外国人留学生が介護福祉士養成ルートで介護福祉士を取得することで在留資格「留学」から「介護」に移行するというものです。

これは日本語能力がN2以上程度ないと養成黄入りできないので、制限としては厳しいですし人材の質も担保はされています。この制度は開始2年で177人が在留しています。

これで介護福祉士の資格さえとれば実質永住という事になります。


また少し話が逸れますが、在留資格の「留学」に関しては問題が顕在化しつつあります。日本の教育機関に在籍する留学生は現在30万人を越えています。この中に少なからず偽装留学が紛れているそうです。ベトナムに偽装留学を斡旋するブローカーがおり、日本に留学の名目で訪日すれば週28時間の労働が出きるからと若者に持ちかけるのです。初期費用は借金になりますが、日本で働けば簡単に返せると若者は考えて偽装留学生として入国します。この中には日本語能力の不確かな人もいるのですが、そうした人たちはコンビニや宅配便の仕分け、ホテルの清掃等の低賃金のアルバイトしかできません。そして借金を返せないので法定28時間を越えてアルバイトを掛け持ちで働いたりします。

そのうち留学先の日本語学校からも抜け出し不法就労者になったりしています。

18年の時点でベトナムからの留学生は8万人を越えていますがその大半が偽装留学生ではないかと指摘する声があります。

没落国家・日本の介護の未来は|雪乃 @blance_neige7|note(ノート)https://note.mu/blance_neige/n/n6e4dbc6ff699

2018年8月 6日 (月)

「偏らない意見」は一種の幻想

表現者クライテリオンというメールマガジンで「意見が偏らないためにはどうすればいいか」という趣旨の質問に執筆者が答えるという記事がありました。

詳細に読めていないのですが、概ね執筆者の回答した内容に同意できるなという記事でした。

私も周囲の人と政治的な意見が対立することが多いですが、「偏った考え方をしている」という非難のされ方をすることもたまにあります。

ですが、偏った考え方を持つというのは本当に悪いことでしょうか?

状況の把握の仕方はそれぞれです。それについて自分で勉強し自分なりの考え方を持てばその人その人で解釈がわかれるのは当然のことです。

確かに私は「財政赤字など気にせず、むしろ財政赤字を拡大するべきである」とか「現在は公共事業が足りておらず、もっと増やすべきである」などと他の人はあまり言わないことを繰り返し言います。

そんな私の意見を気にくわない人は「偏った意見を言うな」と言ってくることが多いです。

しかし、私は私なりにしっかりと根拠を述べて私の主張を裏付けようとしているわけであって、多数の人の意見から外れているといってなぜ私の意見を翻さないといけないのでしょうか?人はいろいろなので、多数の意見とは違う意見を言う人だって当然いるわけです。

そんな私の意見を偏っているなどと非難してくる人に限って「みんながそう言っているのだからそうなのだろう」という論拠に乏しい話を繰り返すばかり。はっきり言って周囲の意見に流され過ぎなんです。そしてそんな奴に限って「自分の頭で考えて意見を持つことが大事なのだ」などと平然と言います。矛盾してますね。

ある物事に対してしっかりと勉強すればするほど考え方に差異が出てくることはある種の必然です。

あたりさわりのない、みんなが言うのと同じような意見しか言わなければ「偏っている」という謗りは受けないでしょうが、それで本当にいいのでしょうか?

2018年8月 5日 (日)

ヨーロッパが抱える困難

https://www.gentosha.co.jp/book/b11698.html

日本の没落 (幻冬舎新書) [ 中野剛志 ]

価格:950円
(2018/8/5 01:26時点)

先日、中野剛志氏の『日本の没落』という本を読みましたが面白かったです。

正直、中野剛志氏の本で勉強にならなかった本はないのですが毎回毎回内容が濃いので概ね理解するのに時間はかかりますけどね。

経済に関しては『富国と強兵』をしっかり読んでおけば勉強としてはだいたい十分です。

今回の『日本の没落』で注目したのは欧州の移民の話です。

ダグラス・マレーという人が移民を受け入れすぎて問題を抱え込んでいくヨーロッパをヨーロッパの自殺と論評していることを中野剛志氏は紹介し今のヨーロッパがどのような混迷の中にあるのか簡潔に解説しています。

ヨーロッパでも移民について否定的な言動を取る人には差別主義だとか排外主義のレッテルが貼られ言論を封殺される風潮にあるそうです。これはかなり危険な兆候ですね。我が国でも似たようなことがあります。

イギリスなどでは、国民に移民に対しての聞き取りをするとほとんどの人が否定的な印象を抱いているそうです。世論調査では67%もの回答者が移民が増えることを「悪いこと」だと感じているとのことです。ですが、ヨーロッパのエリート達はそうした声を無視して移民をどんどん入れている。

悪質ですよね。

しかし、安易に移民を入れてしまったツケはどんどん顕在化しているようですね。

イギリスのオックスフォード州では9人のイスラム教徒からなるギャングが少女に売春をさせていた問題が発覚したそうです。

移民だから彼らがこのような犯罪を犯したというわけではありませんが、このイスラム教徒のギャング達は他の宗教や人種に対する差別的意識を持っていたとのこと。彼らは彼らの持つ前近代的価値観に基づいて非イスラム教徒の少女達に売春をさせていた。

移民が入ってくるということはいろいろな背景を持つ人間の集団が入ってくるという事なので、複雑な問題を抱えますよね。
左翼の価値観ではいろいろな個人が入ってくるだけなのでしょうが、人間は生まれた環境や所属する共同体から自由になれるものではありません。また共同体同士が仲良くやれるという保証なんてどこにもありません。

日本もこれから移民がどんどん入ってくるのであれば、複雑な問題を抱えることになりかねないとキモに銘じた方がいいでしょうね。

ヨーロッパでも庶民は移民に対して忌避感を持っています。それが当然の感覚ですが、ヨーロッパのエリートや日本の左翼はそういう普通の感覚を排外主義だとか古い因習的な考え方だと冷笑する、それが私には気にくわないです。

またユダヤ人に対する襲撃事件が多発していることも見過ごせません。また、あろうことか移民を推進したい連中はそうした事実を隠蔽しようとしているそうです。

ドイツではAfDという政党が移民排斥を主張して台頭してきましたが、彼らは反ユダヤ主義だとマスコミから集中砲火されたとのこと。ですが、皮肉なことにドイツの主要都市に集まって「ユダヤ人を殺せ」と叫んでいるのは主に移民だそうですよ。

ノーボーダーの女性活動家が移民にレイプされてしまったり陰惨な事件は後を絶ちません。

ヨーロッパの自殺とはよく言ったものだと思いました。



2018年8月 2日 (木)

国の借金とは何か正しく理解するべき

東洋経済のオンライン記事に、評論家の中野剛志氏の記事が掲載されていました。
https://toyokeizai.net/articles/-/231318?display=b

治水が大事、公共事業をするべきというのは何度も繰り返し主張してきた事なのであえては触れませんが、中野剛志氏の記事は政府の債務についてあまりに的確に簡潔に解説しているので引用しておきます。

「そもそも、政府債務の返済は、国税収入だけで行うものではない。継続的な借換(新規国債の発行によって同額の国債償還を行うこと)によることもできる。政府債務というものは、原則として完済をする必要がない債務なのだ。それゆえ、ほとんどの先進国において、国家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていない」

「国の借金」というフレーズがあまりにも繰り返されているのですが、ほとんどの国民は政府の借金について正しく理解していません。

借金というと将来元本を返済しないといけないとみんな思っているわけですが、政府の借金を返済していく国なんてありません。利払いを延々続けていくだけです。返さなくていい借金を国民1人辺りに換算して将来世代のつけなどと議論するのは愚の骨頂です。

富国と強兵 地政経済学序説 [ 中野 剛志 ]

価格:3,888円
(2018/8/5 00:13時点)


「それにもかかわらず、日本は財政危機であり、公共事業費を増やすことはできないという思い込みは、依然として根強い。」

「確かに、これまで述べたような「財政赤字を拡大すべきである」「政府の財政破綻はあり得ない」「政府債務は完済する必要がない」といった議論は、「借金は返さなければならない」という家計や企業の一般常識に反するものであり、感覚的には受け入れ難いであろう。

しかし、政府債務と民間債務とでは、制度的にまったく異なる。政府の借金を、個人や企業の借金のアナロジーで考えてはならないのだ。この政府債務を民間債務と同じように考える通俗観念こそが、あり得ない財政破綻への恐怖を掻き立て、国民の生命・財産を守るために必要な公共事業の実施を阻んでいるのである。」

個人の場合借金をしたら返さなくてはなりませんが、国家の場合はぜんぜん前提条件が違います。

中野剛志氏の『富国と強兵』には詳しく書いてありますが、はっきり言ってしまえば経済が落ち込んでいる時は政府が借金して経済に貨幣を供給しなければいけない。

治水、インフラの老朽化対策、耐震化、防潮堤、道路建設等々やるべきことはたくさんあります。

国債を発行すれば解決する課題を借金をしたくないからと先送りすることこそ将来へのツケ回しなのです。




2018年7月29日 (日)

無駄を否定すると経済は回らない

https://twitter.com/kanenooto7248/status/1023551467347574785

「「無駄」と思えるものが経済を回してるっていうのは、オタク産業を見れば一目瞭然なんだけど、「こんなものはいらない」と切り捨て続けることが経済成長と改革なんだと誤解し続けた結果、ガリガリになってしまったんだよね。」

鐘の音さんのツイートで凄く同感だったので引用しましたが、まさにその通りですね。

日本人に限らないことですがあれは無駄、これも無駄と言ってなんでも切り捨ててきた結果が今の日本の惨状です。

だいたい、誰から見てもどう見ても無駄ではないものなんて世の中には本当に一握りしかないのですから、無駄に見えそうなものを目の敵にして切っていったら自分に返ってきますよ。

事業仕分けのようなくだらないパフォーマンスが喝采を浴びたのは悪夢のような光景でした。

日々の生活で私もマンガを読んだりバーに行ったりでお金を使っていますが、そういう娯楽にお金を払う人がいれば受け取って生活している人もいるのです。

フィギュアやDVDボックスでもそれに対する需要があって制作サイドや販売サイドもあの手この手で創意工夫をしているのだから結構なことじゃないですか。

先日、我が国の社会資本の老朽化や不足を憂いて公共事業の必要性を人に説明していたら「そんなのよりもITにお金を回したらいいのでは」と言われました。

おそらく橋や道路や水道の重要性を理解できていないのだと思います。ITだったら便利で人の役にたつという勘違いもあります。

もはや通信もインフラなので、みんながアクセスできる通信環境と言う意味ではITにお金を投じる意味もあるとは思いますが、まあその人が言ってるのはアプリケーションやハードの開発などそういうことでしょう。

しかし大事なことはそうしたことは国中にしっかりお金を回してやれば必然的にIT関係者が発達させるものなのです。

公共事業で何かを建設するのだって労働管理や構造設計、資材の取引にITのシステムはちゃんと使われています。

目先の便利そう、カッコいいとかの印象だけで無駄かどうかを判断するのは愚か者のやることです。

特に今はあれが無駄ではないか、役に立たないのではないかと推敲する前に、しっかりお金を使っていくことが大事なんです。



善意が招く惨事

前回の豪雨災害の被害から間もないうちに大型台風が接近しています。

そんな立て続けに災害に襲われている時に気になったツイートがありました。

https://twitter.com/akisumitomo/status/1022129418695630848?s=19

「デマとは、わざと嘘をついて誰かを貶めようとする行為なので、そういう悪意があると断定するのは難しいと思います。そういう悪意がなかった証拠が、エアコンの到着時間にズレがあったということでした。それを早とちりして紫野さんの友人が自分の感想を混ぜてツイートしたと解釈しました。 」

被災者支援のエアコン設置デマに関するツイートですね。

行政がパフォーマンスでエアコン設置したというのはどうしようもないデマなのですが、悪意がなかったからデマではないとか寝言を吐いている人がいます。

エアコン設置デマについては、私はいい加減な事を吹聴することを許せないと思います。

パフォーマンスでエアコンが設置されたというのは、被災者支援に必死で働いている行政の職員に対する酷い侮辱だと思いますよ。人間性を疑います。

元のツイートに関しても「悪意がないならデマではない」という甘えた態度が問題だと思います。

たとえ良かれと思っての発言であったとしても、それが正しい情報の伝達を妨げ人心を惑わす悪影響は果てしなく大きい。

原発事故に関しても「健康被害が起きる」などとデマが行き交いましたが、デマ拡散に加担してしまった人の多くは決して悪意を持っていたわけではないです。

しかし結果として風評被害を発生させ無駄な避難をさせてしまって生活基盤を失う人がいたり、あちこちで取り返しのつかない事態を発生させています。

【参考】
放射能パニックからの生還=ある主婦の体験から — 自らの差別意識に気づいたことが覚醒の契機に

http://www.gepr.org/ja/contents/20120507-03/

「福島原発事故は、現場から遠く離れた場所においても、人々の心を傷つけ、社会に混乱を広げてきた。放射能について現在の日本で健康被害の可能性は極小であるにもかかわらず、不安からパニックに陥った人がいる。こうした人々は自らと家族や子供を不幸にする被害者であるが、同時に被災地に対する風評被害や差別を行う加害者になりかねない。

自己責任と突き放すこともできるが、日本という共同体の同じ構成員であり、広がる悪影響を考えれば、何らかの形で助けることが社会全体で必要ではないだろうか。しかし向き合うにはその人々の実情を知ることが必要だ。」

中には悪意を持ってデマを流した人もいるでしょう。

しかしネットの狭い世界の中でデマに踊らされた人同士でおかしな情報が行き交い、エスカレートして善意のデマ拡散者になってしまった人は決して少なくはないです。

誤った情報がどのように生まれ、広まっていったか。
その結果何が起きたのか。

その重大さに気づけば「悪意はなかったのだから」とは軽々しく言えないと思いますが。



2018年7月22日 (日)

エアコン、インフラ、公共事業

今年も熱波の時期になりました。

熱中症による救急搬送の多発化などは例年の恒例になっています。室内でも熱中症にはなるので、高齢者や子供はもちろん普通の大人でもエアコンでの温度管理は必須です。熱中症の多くは室内で起きている事を忘れてはいけません。


この猛暑で小中学校へのエアコン設置が議論になっていました。

その中で、1つ気になったこと。

以前から私は公共事業が今後の日本にとって必要であることをブログでもTwitterでも繰り返しています。理由はいつも添えています。

貧弱な道路網、衰退する地方、頻繁する自然災害、老朽化したインフラ問題…どれもこれも人々の生活と切っても切り離せないものです。
笹古トンネルの事故は記憶に新しいですね。橋やトンネルなどの老朽化対策は急がないと人が死にます。

南海トラフ地震が想定しうる最大規模で発生すると多くの人命が失われるのは当然のこと、日本がアジア最貧国に転落してしまう可能性さえあります。

強靭化の否定こそ次世代へのツケ回し: うずらのブログ /
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1421732/1436015/120983550

「土木学会の報告書では、南海トラフ地震の被害総額(20年累計)を経済被害1240兆円+資産被害170兆円=1410兆円・死者32万人、首都直下型地震の被害総額を731兆円+資産被害47兆円=778兆円・死者2.3万人と見積もったうえで、今後15年以内に南海トラフで38兆円以上、首都直下型で10兆円以上の事業費を投じて公共インフラの整備・増強を行えば、南海トラフ509兆円(減災率41%)・死者23万人、首都直下型247兆円(減災率34%)・死者3千人の減災につながると強調している。

政府や行政だけでなく、国民は、こうした貴重な提言を敬虔な態度で受け入れ、真摯な姿勢で実行に移すべきだ。

わずか数十兆円の投資、しかも誰の負債にもならぬ通貨発行で調達できる財源で、何物にも代え難い貴重な人命が救われ、数百兆円もの財産や資産が護られるのなら安いものではないか。
悲惨な災害で人生を狂わされる人を一人でも減らすことができるのなら、十兆円単位のカネなど何も惜しくはない。」

人の命を守るためにこそ公共事業を、とその必要性を理解している人は何度も繰り返しているのですが、長年公共事業が悪者にされ続けてきたせいか、周囲の反応はよくありません。

公共事業が悪いという風潮はすっかり国民に浸透してしまったかのようです。

先日も公共事業の必要性をツイートしていたら、公共事業に否定的な人から

「その分、税金増えまっせwwww」

と、ふざけたリプライを送りつけられました。

公共事業が税金で行われているという認識が厳密に言えば誤解なのですが、前述の南海トラフ地震への対策や老朽化対策で主張した通りこれは命の問題です。

公共事業をやれという主張に対して揶揄する人は、人の命をなんだと思っているのでしょうか?

人の命はどうでもいいのでしょうか?

笹古トンネル事故のことはもう忘れたのでしょうか?

…どうやら公共事業に対する認識が相当歪んでいるみたいです。

同じ人が先日は「学校にはちゃんとエアコンつけろ!これは命の問題だ!」と言っていました。

確かにその通りですね。

お金がかかってもエアコンは設置するべきです。エアコンがないと人が死ぬかもしれないのですから。エアコンを設置しろというのは私も賛成です。

ただ、どうして同じ事を公共事業に対して言えないのか?私には理解しがたい感覚でした。

エアコンは設置しろと言えるのに、公共事業はやれと言えない。これこそが偏見だと思います。

何も人の命を守るのはエアコンや公共事業だけではありません。災害が起きれば、公務員が自身が被災した身であろうと出動して災害対応にあたります。警察官や消防、救急隊員は平時からいざというときに備えています。

電力会社や鉄道会社は、社会基盤として有事に対応できるよう、平時からライフラインの提供が滞ることのないように務めています。

自衛隊も国を守るために訓練しています。

自分の見えないところであらゆる人達が存在することで、私たちの営みが守られていることを忘れてはいけないと思います。




2018年7月 7日 (土)

崩壊しつつある英国の治安

イギリスの治安問題が放送されていたようですが、イギリスでは増加する犯罪に対して警察官の数が不足し、ろくに捜査もされない状況とのことです。

治安の良さの指標では日本は9位ですが、上位の国ほとんどは人口1000万人以下の小国だそうです。
8位のカナダも日本に比べたら半分以下の人口で、1億人以上が暮らしていて治安の良さも維持している日本は特異な国と言えるでしょう。

とくにめいろま氏が述べていることですが、イギリスでの女性への暴力の凄惨さには驚かされます。
暴行された後に全身に酸をかけられめった刺しにされる事件など日本ではそうそう聞くことがありません。

何かの指標を持ってきて、日本では女性が不利な条件に置かれていると主張する人がいますが、それはそれである意味ではそうなのかもしれませんが、他国ではこうした女性に対する凄惨な暴力が行われていることも知っておいたほうがいいのではないでしょうか。

また、多様な人が住んでいるから女子割礼なども行われているというのも、日本にはない別な問題です。

日本でも移民や難民を受け入れていくならこうした問題を引き受けることになるのです。

何事でも日本は遅れているから海外を見習え的な言い方をする人がいますが、海外の負の面にもちゃんと目を向けた方がいいと思います。



2018年6月26日 (火)

効率のみを追及したものは脆弱である

大阪で約1週間前に発生した大阪北部地震は余震も落ち着き、街は平穏を取り戻しつつあるようです。

被災の被害の多かった地域の避難所には要介護認定を受けている人がいたとのことでケアマネ協会からも避難所に行って話を聞いた人がいるそうです。

日本という国は特に地震の起きやすい構造になっているので、今後も災害への備えは欠かせません。

土木学会から南海トラフ地震を何の対策もなしに受けてしまうと日本はアジア最貧国に転落しかねないと危惧する声が上がっていることを重く受け止めるべきだと思います。

脆弱性への対策を事前にしっかり行っておくと被害を大幅に減らすことができるとのことでもはや一刻の猶予もないかと思われます。

しかし、ここまで地震の脅威が迫っていてもまだ「無駄ではないのか」などと言う声が上がってくるのがこの国です。

この無駄という言葉こそが厄介で、無駄の削減の名のもとに日本では長くあらゆる分野でも支出が削減されてきました。

私はこの無駄の削減こそが日本の低迷の主因だと考えています。

例えば道路を作ったとして、そこが緩やかに道路が流れていたとしたら無駄だと言う。
しかし、道路がパンパンになっていればいいのでしょうか?余裕がなければ何かあったときに大渋滞してしまいます。

例え普段使うことがなかったとしても、何かあった時に使うかもしれないという判断があってしかるべきではないでしょうか?

今回の地震では余震への警戒から非常食を買いに出た人が多かったですが、お店からあらゆるものが消えてしまうような事態にはなりませんでした。ある程度の在庫を店舗が放出したためですが、こういう時に役立つストックまで「無駄」と言ってしまっては災害や非常時に脆弱になるだけだと思います。

まあもっとも 、第2名神高速道路や外環道のような明らかに平時から役立つものを「無駄」とか言ってしまうどうしようもない連中もいるので話になりませんが。

平時の効率性ばかりでなく、日頃からある程度の余裕を持たせておくことは有事に際して極めて重要だと思います。



より以前の記事一覧